原作者との対話で感じた「感情のない議論」の重要性

 本作は大学生の久能整が、鋭い洞察力と既存の価値観に縛られない思考力を発揮し、魔法のようなおしゃべりで自身が巻き込まれた事件と登場人物たちが抱える悩みを解きほぐしていく人気作。宝島社が主催するマンガ番付『このマンガがすごい!』に4年連続(19~22)でランクインし、第67回小学館漫画賞を受賞。2022年に菅田さん主演で実写ドラマ化され、9月15日には映画が公開される。

 「『ミステリと言う勿れ』はすごく現代的なマンガだと感じます。その一つが、問題提起のバランス感。問題提起って諸刃の剣で、ともすれば肯定派・否定派のようにどちらかに寄った意見に聞こえてしまいますが、本作はあくまで中間的な目線で、具体例を挙げて『どう思います?』で終わらせるから気持ちがいいし、今っぽさも出ています。王道の探偵ものだったら『犯人はお前だ!』と正義の名の下に断罪していくパターンになりがちですが、『ミステリと言う勿れ』はタイトルの通り、そうはなりません。加害者・被害者のどちらかに過剰に寄ることが少なく、加害者側が『なぜそうなったのか』の目線もしっかりと盛り込まれていて、そこがすごく好きです。

 実写版で整くんを演じていてもよく思いますが、毎回加害者と仲よくなるというか、シンパシーを感じてしまうんです。なぜなら、謎解きの中に加害者の心理描写を取り入れているから。整くんは加害者に感情移入して『この人の目線だったらこうする』と探っていくため、常に『もしかしたら立場が逆だったかもしれない』という想いがあるんです」

 構造的にも既存の作品へのカウンター要素を擁するのが『ミステリと言う勿れ』の特徴。今回映画となった、原作でも人気のエピソード「狩集家遺産相続事件」通称「広島編」でも、整が「『犬神家の一族』みたい」とツッコんだり、「全員一緒にいればいいのにバラバラになるから事件が起こる」と指摘することで、お決まりの“定石”を破壊し、新味が生まれている。菅田さんは「メタ的ですよね。そこも今っぽい」と頷く。

「そのうえで『ミステリと言う勿れ』が上手いなと感じるのは、埋没させるテクニックです。整くんはどうでもいいことをいっぱいしゃべるがゆえに読者も視聴者も『またなんか言ってるわ』と流せてしまうのですが、後から『よく考えるとあれは伏線だったのでは!?』と気づかされることが多く、ダマされる快感があります」

 整の謎解きには直接関係がない語りには、社会生活や人生において重要な「立ち止まって再考する」気づきを与えてくれる効能も。劇場版でも、菅田さんが影響を受けたと語るセリフ「子供って乾く前のセメントみたいなんですって。落としたものの形がそのまま跡になって残るんですよ」や「“女”の慣用句を言い出したのは多分おじさん。家事と子育てが本当に楽ならもっと男性がやりたがるはず」「自分が下手だとわかるのは目が肥えたときでもある」といったような金言が、次々と飛び出す。

「田村先生とお会いした際、『本作は普段から自分が思っていることをマンガに投影したもので過去作とムードも全く違うから、ここまで広まるとは思っていなかった』とおっしゃっていましたが、その視点こそが多くの人々に届いている理由だと思います。また、田村先生は何度も『感情のない議論』が大事なのではないかと話されていました。怒ったり悲しんだり、そうした感情でもって議論をするのではなく、一回感情を抑えたうえでお互いよい方向に向かうにはどうしたらいいんだろう、と対話することが大切だと。重要なスタンスだと僕も思います」

2023.09.08(金)
Text=SYO
Photographs=Norihiko Okimura
Styling=Keita Izuka
Hair & Make-Up =Azuma(M-rep by MONDO artist-group)

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※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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