●マンガ家デビューのきっかけは?

――『いやはや熱海くん』と同時発売された短編集『四十九日のお終いに』のタイトル作も、長いつきあいの男たちのお話ですね。

田沼 子どもの頃からの腐れ縁で、片方はそれに無自覚。でも、ある時それを見つめる瞬間がくるという。デビュー作で、完成するまでも二転三転、だいぶ時間がかかりました。秋というキャラクターには私の好きなビジュアルを全部注ぎ込みました。ボリュームの多いボサボサ髪とめがね、タバコ、袢纏。

――袢纏! これも先生の萌えポイントだったんですね。

田沼 気が抜けてる雰囲気とか、間抜けな感じが好きなのかな。家っぽいリラックス感とか?

――デビューはどのようなきっかけで?

田沼 同人誌の作品をウェブにもアップしていて。それを編集さんが見て連絡をくださったんです。

編集 質感のある人間たちがすごく自然に存在しているなぁと。世界のどこかにいるような人が描かれている。そこが一番気になりました。「こんなマンガを描く作者の方と話してみたい」という気持ちでした。

――マンガを描き始めたのはいつごろですか?

田沼 大学生の時です。2次創作をやっている友達に「描いてみたら?」と勧められて。絵はずっと描いてたんですけど、マンガはそれが初めてでしたね。

――最初から、今に近い作風だったのでしょうか。

田沼 多分そうだったと思います。やっぱり日常的な会話のシーンを描くのが好きでした。でも2次創作はあまり描けなかったですね。コミティアに出てみないかと誘われて、それがきっかけでオリジナルを描き始めました。

――影響を受けたと思う描き手は?

田沼 谷川史子さん、あだち充さんとか。大学生の時は高野文子さんに憧れました。伯母の影響で昔の少女マンガもたくさん読んでいて、岩館真理子さんも大好きです。

――幅広く読んでいたのがうかがわれます。名前の挙がった方々の作品は、淡々としつつ独特な空気感がありますね。

田沼 あだち充さんのマンガってキャラクターがあまり笑わないんですよね。真一文字にキュッと口を閉じている表情が好きで。私もあまり笑顔を描かないんですけど、すごく影響を受けてるような気がします。

――たしかにあだち充さんって、女の子キャラもかわいいのに満面の笑みってあまりないですね。熱海くんの少し口のはしが上がった顔は印象的です。あまり笑顔にならないからこそうれしくなります。

田沼 笑顔を描くの苦手なんですよね。

――でも、考えてみれば日常会話をしている時、人ってそんなにニコニコしてないですよね。

田沼 最近思うのは、岩館真理子さんのマンガはみんな真剣なのにちょっと間抜けな感じが漂うのが魅力だなぁと。あの雰囲気は理想かもと思っています。

――端正な美形のキャラも力の抜けた感じがありますね。今もマンガは読みますか?

田沼 描くようになってからはあんまり読めなくなってしまったんです。「どうやって描いてるんだろう」「むちゃくちゃおもしろいんだけど、どういうこと?」とか考えてしまって。邪念がわいてしまう……読めば大体「もっと早く読めばよかった!!」と思うんですけど。『ののちゃん』(いしいひさいち)、『団地ともお』(小田扉)、池辺葵さんの作品などは読み続けています。

2023.09.07(木)
文=粟生こずえ