●作品にちりばめられた「なくてもいいような会話」も魅力

――少々無粋な質問と思いますが、先生ご自身は、本作をBL(ボーイズラブ)ととらえていますか?

田沼 どう解釈いただいてもかまわないんですが、自分としてはBLを描いているつもりではないです。BLは好きですけど。設定について編集さんと打ち合わせしていた時、連載している漫画雑誌『ハルタ』(KADOKAWA)では同性を好きになる作品があまりないという話になって「じゃあ、あった方がいいですよね」って……そんな感じで。そもそも、ジャンルを決めなくてもいいと思っています。もっと言えば、少年マンガとか少女マンガとかも何をもって分けられてるのかなとか。

――今おっしゃったようなことも『いやはや熱海くん』という作品の発信するメッセージなのかも? 

田沼 そうかもしれないです。

――そこを声高に「どうよ?」と問うのではないところも、新しいマンガだと感じる理由かもしれません。

田沼 「どうよ?」と問うわかりやすい態度も大事だとは思うんですけど、ボディーブローみたいにじわじわきいてくるマンガもあってもいいんじゃないかなと。

――作中で気に入っているシーンは?

田沼 ストーリーの進行上、別に「なくてもいいような会話」は全部気に入ってます(笑)。

――それこそ「時間経過を描く」上での真骨頂ですね。

田沼 編集さんも「ここ、いらないですね」と言ったりしないのでありがたいです。学生時代を振り返ると、話していても次の瞬間には何をしゃべっていたのか忘れているような会話をたくさんしてたなぁと思うんです。

――それをどうしてこんなにリアルに映し取れるのか驚きです。「あるある」的な共感ではなく、熱海くんたちの会話を読んでいると、心地よさが体にしみこんでいく快感があります。

田沼 内容はないけど、楽しかったという感情だけが残る。そんな会話の積み重ねを描くのが楽しいです。

2023.09.07(木)
文=粟生こずえ