バゲットの品質を保つための「バゲット・トラディション」の法律
戦後、大量生産技術が開発されるにつれバゲットのクオリティが劣化し、それを危惧した国が1993年に定めたのが「バゲット・トラディション」の法律。トラディションは、小麦、水、塩、酵母だけで作られ、発酵時間も長時間であることなど、厳密に製法が決められています。もちろん添加物も冷凍も禁止です。
食文化の先生はとても教えるのに情熱的で、私はそのクラスが大好きだったのですが、先生が力説していたのが「トラディションはパンの中のパン。バゲットはすぐ固くなるとか、美味しくなくなるなんて言う人がいるけれど、それは大量生産のバゲットだから。正しいトラディションは数日置いても、きちんと霧吹きをしてオーブンで軽く温め直せば、また美味しく食べられるいいパンなのだ」ということ。
本当かしら? とトラディションを買ってみたら……確かにバゲットとは似て非なるものでした。トラディションは皮がサクサクで、中は気泡がいっぱい。そしてなんと言っても小麦の味がしっかりします。
日本にいた頃はフランスパン=固いパンと思っていましたが、焼き立てのトラディションは、パリッとしていても固いのではなく、もっちりという表現が相応しい。そして先生が話していた通り、1日経ってカチカチになったものでも、霧吹きをしてオーブンで温めるとまた柔らかくなり、最後まで食べきることができるのです。
ところでフランスでは、バゲットまたはトラディションを買ったらすぐに先端を食べる人をよく見ます。ロンドンにいた頃、フランス人とスーパーに行ったら、まだ購入前だというのにパンの端っこを食べ出したのを見て驚愕したことがあったのですが、この国に来て「あれはフランス人のデフォルトだったんだな」と理解しました。
現在の我が家のすぐ近くにも人気のパン屋さんがあり、そこでトラディションを買うと、回転が早いためいつも出来たてを渡されます。ある日、まだ熱々のそれを手にして歩いているうち、ふと誘惑に駆られ、先端をパクリとやってみたら……熱々なぶん香りも豊かでもっちり柔らか。美味い! フランス人がバゲットやトラディションを買うと自動的にパクリとしたくなる気持ちが、ちょっとだけわかるようになりました。
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Text=Mamiko Izutsu
Photographs=Yas