80歳を超えても映画の完成度よりも新たな挑戦を目指す宮﨑駿のエネルギーと気概は、宮﨑映画の中でも最高のみずみずしさをこの作品に与えている。ここでは映画の核心と直結している主人公・眞人が自らつけた額の傷、そして額の傷が象徴するとされる「悪意」を巡る謎を、これまでの宮﨑作品も参照しつつ解き明かしたい。これが理解できれば、「君たちはどう生きるか」という作品の印象は一変するはずだ。

「誰にやられたんだ」「転んだんだ」

 日本の敗戦が迫りつつある夏、眞人は父親と共に母親の実家のある田舎の街へと移り住む。駅に降り立った眞人と父を迎えたのは、前年に空襲による火災で亡くなった母の妹で母そっくりの美しい女性、ナツコだった。ナツコは自分が眞人の新しい母親になることを告げると、いきなり眞人の手を握って自分のおなかに触らせる。ナツコはすでに妊娠していた。眞人は父親と共に、ナツコの実家である豪邸の離れに暮らすことになる。

 

 翌日、転校先の小学校に初登校した眞人は、下校時に同級生たちとケンカになる。ケンカの後の真人は、服は汚れているが、ケガをしているように見えない。しかし、眞人は帰宅途中、道ばたに落ちていた石を拾い、自らの頭に思い切りたたきつける。

 一見、ケンカでケガを負ったことを偽装するためかと思えるが、傷口からの出血量は尋常ではない。よほどの強い葛藤や衝動がない限り、人間はあんなにも激しく自分の体を傷つけられるものではない。帰宅後、「誰にやられたんだ」と詰問する父に対して「転んだんだ」としか答えないことも、眞人の自傷行為の動機が単純ではないことを示唆している。 

 眞人が異世界へと旅立つと共に、それまで絆創膏に覆われていた額の傷が顕わになる。異世界で最初に出会い、眞人を助ける女性・キリコの額にも同様の傷がある。そして物語のクライマックス、異世界の「創造主」である自らの血族の老人「大叔父」に対して、眞人は傷痕を示しつつこう告げる。「この傷は自分でつけました。僕の悪意のしるしです」と。

2023.08.16(水)
文=太田啓之