この記事の連載

価値観や幸せは、周りが決めるわけではないから

宮﨑 日本で凍結卵子を利用する女性が少ないのは、選択的シングルマザーが社会的に許容されていないという背景もあるのでしょう。選択的シングルマザーは、相手はいないけれど、子どもは産み育てたいという女性の希望を叶えるには理想的な形です。ただ、子どもの福祉(幸せ)を第一に守れる社会的なシステムがあるかというと、今の日本では難しいですね。

おかざき 無責任かもしれませんが、私は個人的には選択的シングルマザーには賛成寄りです。だけど、子どもは親とは別の人格なので、子どもにとって幸せなのかは、分からない部分がありますよね。

 20年ほど前、広告代理店で働く女性が主人公の『サプリ』という漫画を描きましたが、実はラストで主人公が、一時的ではありますが選択的シングルマザーの道を選ぶんです。でもそれを描いたとき、漫画を読んだ知人から電話がかかってきて、「ありえない」と抗議されてしまって。

 たしかに選択的シングルマザーについては、生まれてくる子への社会的な支援が整っていないため、まだまだ難しい面があります。ですが、当時も今も、普通とは違う選択をしようとしたとき、今の日本では、世間や周囲が許容しないという理由で諦めなくてはいけないことが多いですよね。人によってはそれが自分の親だったり、おばあちゃんだったり、旦那さん側の親だったりするのでしょうが、まずは周りの意識が変わらないと、子どもを持つ、持たないに対する葛藤は、永遠になくならないのではないでしょうか。

 実は『胚培養士ミズイロ』を一番読んで欲しいのは、不妊治療をしている当事者ではなく、周りにいる人たちなんです。この連載を通して、周りの人たちに向けて、「価値観や幸せは、周りが決めるわけでも因習が決めるわけでもない」、ということを伝えていきたいと思っています。

おかざき真里(おかざき・まり)さん

マンガ家。広告代理店で働いていた1994年にデビュー。以来、数多くの作品を発表し、幅広い世代の女性から絶大な支持を得ている。広告代理店で働く女性が主人公の代表作、『サプリ』は2006年にテレビドラマ化。

『胚培養士ミズイロ』おかざき真里

不妊治療クリニックで働く胚培養士・水沢歩が、男性不妊や、高齢出産などさまざまな理由で受診する夫婦の想いや葛藤と向き合っていく物語。不妊治療の心臓部である「胚培養士」の世界を描く。
小学館 各770円 既刊2巻
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宮﨑 薫(みやざき・かおる)さん

医師。2004年、慶應義塾大学医学部卒業。同大学医学部産婦人科研究助教、ノースウェスタン大学産婦人科研究助教授等を経て、20年、はらメディカルクリニック院長就任。最先端の医療で最短の妊娠をモットーにした治療を提案している。

はらメディカルクリニック

1993年に前院長の原 利夫医師が創業し、宮﨑 薫院長に至る現在まで最先端の不妊治療を提供。第三者の精子を用いた不妊治療では、体外受精の実施を公表した唯一の医療機関で、地方からも患者が訪れる。
https://www.haramedical.or.jp/

次の話を読む不妊治療を終結する人たちには 「心のお守りになる言葉を渡したい」 おかざき真里が描く胚培養士<後篇>

2023.07.30(日)
文=内田朋子

CREA 2023年夏号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

母って何?

CREA 2023年夏号

母って何?

定価950円

CREAで10年ぶりの「母」特集。女性たちにとって「母になる」ことがもはや当たり前の選択肢ではなくなった日本の社会状況。政府が少子化対策を謳う一方で、なぜ出生数は減る一方なのか? この10年間で女性たちの意識、社会はどう変わったのか? 「母」となった女性、「母」とならなかった女性がいま考えることは? 徹底的に「母」について考えた一冊です。イモトアヤコさん、コムアイさん、pecoさんなど話題の方たちも登場。