「建物の上に載っている船を劇中で出したのには、こういう理由があって」と続けると、ものすごく真剣に聞き入ってくれるんです。さらに「東日本大震災のことを覚えてる方はいらっしゃいますか?」と聞くと、どの国も観客の3割ぐらいの人しか覚えていない。観客のなかには、映画を見たあとに記事やレビューなどを読んで東日本大震災のことを知り深堀する人もいるでしょうけど、多くの人は、まずはその事実とは関係なく、純粋なエンタテインメントとして見てくれたんだなという感覚です。

ーー日本でも若い観客となると、東日本大震災といってもピンとこない人もいるでしょうし。

新海 いまの日本の10代のほとんどは、東日本大震災の記憶がないわけですからね。日本でも若い世代が「あ、こういうことが日本にあったんだね」というところも含めて、見てくれたのかもしれないなとは思います。『すずめ』はどの国でも若い世代の間で広がっていった感覚があるのですが、日本の場合はそれに加えて年長者に届かなかった部分も強くあったんじゃないかなという実感もあって。震災の記憶がある世代は「思い出したくない」「見たくない」と思われた方が少なくないと思います。

アジアで日本のアニメがヒットしている理由

ーー中国と韓国でメガヒットとなりましたが、そもそも日本のアニメはアジアでは受け入れられやすい土壌があると思いますか。

新海 単純に日本のアニメに馴染んでいるんですよね。たとえば『ドラえもん』だったら、どこの国の作品なんてことは気にせずに見ている。中国のアニメ・ファンも韓国のアニメ・ファンも、日本の子供向けアニメを見ながら育ってきて、その延長線上に僕の作品のようなオリジナルの劇場アニメーションもあれば、ジブリ作品もあれば、『スラムダンク』をはじめとした「週刊少年ジャンプ」のIP(Intellectual Property=知的財産)ものもある、といったことじゃないかなと。

2023.06.09(金)
文=平田裕介