「石田ひかりさんは本物の貴族みたい(笑)」

――小泉さんは舞台をよくご覧になっていますが、小泉さんにとって「観る」舞台はどういう存在なんでしょうか?

 一時は勉強したくて本当にたくさんの舞台を観に行っていましたが、コロナの影響や、別のことで忙しいということもあって、最近は全然観ていなかったんです。それでも観に行きたいと思って行くのは、すごく小さな劇団や小さな公演。みんな、芝居や舞台が純粋に好きでやっている人たちなので、その美しさが一番胸にくるんです。

 演技が上手いとか下手とか、脚本が面白いとか面白くないということよりも、人間そのもの、その人の生きざまを観に行っている感じがします。そういうものを観たときのほうが刺激があるし、純粋さを補充しに行くことが好きなのかもしれません。

――今回、脚本・演出を務めるペヤンヌマキさんも小さな劇団を主宰されていますね。

 ペヤンヌさんが主宰されている「ブス会*」は、少し俗っぽいところがあって、それがペヤンヌさんの持ち味だと思うんですね。でも、実際にお芝居を観に行ったとき、その俗っぽさをはがしていくと、根本に私が目指しているものと同じものが見えたんです。過去の自分と向き合って成長しているとか、大事にしている記憶があるとか。でもそれをペヤンヌさんはもう少し独特の筆致で描くんですが、はがしたら一緒かもと。実際にお会いしてお話してみたら、人や社会に対する目線が私とはそう遠くない。やっぱり一緒だったなと思って、すごく楽しくできていますね。

 かなりボリュームのあるストーリーなので、どこをシェイプするか。今回、男性の登場人物を全部なくしてしまっているので、その分何を作り上げるかというのを話し合いました。原作の大島さんは演劇にものすごく理解のある方で、「後悔しないよう、やりたいように好きにやってね。観るまでは台本も読まないから」とすべてお任せで。キャスティングもペヤンヌさんと2人で決めました。

 演劇好きからしたら、ものすごいオールスターキャストです。「ナイロン100℃」の峯村リエさん、「劇団東京乾電池」にいた広岡由里子さん、「大人計画」の伊勢志摩さん。みなさんいつも本当に素敵なお芝居をされている方たちばかり。

――今回、石田ひかりさんのキャスティングがちょっと意外な感じがしますが。

 実は2年前にコロナ禍で『ピエタ』の公演が中止になったとき、「asatte FORCE」の千秋楽に、峯村リエさんと石田ひかりさんと私の3人で『ピエタ』の朗読劇をやったんです。石田さんはヴェロニカ役でした。舞台が終わって着替えた後、「私、舞台をばらすのをお手伝いしようと思ってきたんです」って軍手を持って出てきたんでね。さすがにステージのばらしは危険だから私も手伝わないので、「楽屋の壁に貼ってあるものを全部はがしてもらっていい?」とお願いしたら、「あ、じゃあ軍手は使わないですね」って寂しそうでした。片付けはあっという間に終わってしまって、「逆にすみません。もうやることないんですね。帰ります」って。なんだか、そういうところが貴族っぽくないですか? わ、本物だーって。そのときにこのキャスティングは正解! って思ったんです。雰囲気はふわっとしているんだけど、いざというときは強い。やっぱりこういう人が本物の貴族っぽいんじゃないかなと思って(笑)。ヴェロニカはやっぱり私じゃないんです。私だとやっぱり叩き上げ感が出ちゃうんですよね。根っこが違う。演技って、もちろん演じればいいんだけれど、その人が持っているパーソナリティみたいなものとマッチしたときが一番素敵だと思うんです。「貴族の役ってこういう感じ」と演じることはできるけれど、その人が本当に持っているものがあって、そればかりはどうすることもできない。石田さんのヴェロニカは一番意外で異色ですが、きっとすごくいいと思います。

――18世紀の水の都ヴェネチア。どんな舞台を作り上げていくんでしょうか?

 ヴェネチアというものを舞台美術で表現するのはすごく難しい。石畳や水路を作ると逆に薄っぺらいものになってしまうので、セットや衣装は抽象的なものにして、音楽や音を豊かなものにしようと思っています。音楽はヴァイオリン2本と鍵盤1人の3人の生演奏で進めていき、ソプラノ歌手のジロー嬢は、本物のソプラノ歌手の橋本朗子さんが演じてくださるので、歌も本気で歌ってもらえます。演奏や歌だけでなく、水の音や鳥のさえずり、カーニバルの喧噪など、様々な音が運んでくる物語にしていきたいですね。

2023.06.02(金)
文=和田紀子
撮影=平松市聖