302万4000秒。それはセーラームーンの放映期間中に現場を離れた5週間、3週間の入院と2週間の療養を秒に換算した数字だ。
「女性であることの痛み」を抱えた葛城ミサト
最新エッセイ『ことのは』には庵野秀明がコメントを寄せている。短いながらもそこで明かされるのは、『セーラームーンR』収録後の居酒屋で「座敷で一人体育座りをして飲み会の場から浮いていた(庵野)」三石琴乃の姿にモチーフを得て『新世紀エヴァンゲリオン』最初のTVシリーズのOPムービーに映る葛城ミサトの姿が造形された逸話だ。
「誰かが話しかけるとうさぎちゃんみたく明るくなり、話が終わった瞬間に寡黙になる二面性がいいなと思いました(庵野)」と語る通り、膝をかかえる葛城ミサトは、次回予告で「サービス、サービス!」と明るく奔放に語る年上のお姉さんとしての顔と、社会と組織の中で傷つく等身大の現代女性、二つの顔を持つ女性として描かれていく。
綾波レイやアスカ、そして碇シンジといった14歳の登場人物たちが象徴する少年性や少女性、そしてゲンドウたちが象徴する大人の男の冷酷な論理に対して、葛城ミサトは「女性であることの痛み」を抱えたキャラクターだ。
高橋洋子が歌う「残酷な天使のテーゼ」が流れる中、主人公碇シンジの顔にオーバーラップするように、うなだれ膝を抱えていた葛城ミサトが顔を上げるシルエットが描かれる映像は、近未来都市に生きる女性の身体と精神、孤独と喪失を描いた、作品のコンセプトを表現するシンプルで見事なアニメーションだが、庵野秀明がそのモチーフを得たのは、おそらくは心身ともに喪失を経験した三石琴乃の姿なのだ。
月野うさぎと同じ時代に演じた葛城ミサトもまた、男女双方から支持されるキャラクターになっていく。
92年から97年に放映されたセーラームーンと、95年から96年のエヴァンゲリオン。90年代中盤から後半にかけて社会現象を巻き起こした代表作に出演した期間、三石琴乃は卵巣の片方を摘出する手術の傷跡と、「転んで宝物をすべて地面にばらまいてしまったよう」とのちに語る、私生活での精神的喪失感を抱えながら演じていたことになる。
2023.05.22(月)
文=CDB