僕なんて「いい噓」以前に、自分が「いい小説」を書けているかどうかも自信がないです……。

 

駄作を書くことを恐れるな

 北方 大丈夫。あなたはね、小説がうまいと思う。あとね、小説には真面目さも愚直さも必要なんですよ。自分の気質を大事にしながら、あとは飛ぶ練習をすればいい。

 それから通俗も大事。人間みんな通俗なんだから、通俗をバカにしちゃいけない。通俗をずっと続けていくと、通俗じゃないものが出てきます。つまり、最初から肩を怒らせて「よし、傑作を書こう」なんて思わないで、通俗的でもいいから書いて書いて、書き続けていくと、あるとき無数の駄作のなかから傑作が書けてしまうんですよ。だから駄作を書くことを恐れず、これからも橘さんには書き続けていただきたいです。

 ありがとうございます。僕も、もうちょっと続けたらもっと感覚がつかめるかもしれないという予感があります。このタイミングで北方さんにお目にかかれて本当に良かったです。一作書き終えた達成感と、でもまだ足りない、もっと書けるようになりたいっていう気持ちと、いろんな気持ちが入り乱れていたので。

北方 だいたいね、あれだけの枚数(※単行本で330ページ)を書き切る粘り腰、それ自体才能ですよ。あとは噓をつく快感をどこかでクッとつかんでしまえば、ガラッと世界が変わると思うな。

 最初の一冊はいちばん大事だし、いちばん苦しい。だけど、橘さんに書き続ける力があることは、『パーマネント・ブルー』が証明しています。もう一回完走しちゃったんだから、フルマラソンぐらい普通に走れるようになりますよ。

 ありがとうございます。そうなりたいです。北方さんは、最近ますます小説にのめり込んでいらっしゃるそうですね。先日は、直木賞選考委員の退任も発表されて。僕が北方さんにお目にかかるきっかけになった『チンギス紀』、あの歴史巨篇もついに完結と聞きました。

北方 そう、もう最終回は書き上げて渡してあるよ。だいぶ身軽になって、やっと最後の長篇に取り掛かれる状況になってきた。どうしても書きたい長篇なんだ。

2023.04.27(木)
文=相澤洋美
写真撮影=佐藤 亘/文藝春秋