時代は進み女性が社会で働くようになったとき、家庭料理はおろそかにされるようになりました。というよりも、家の仕事をしっかりやれる手も、時間もなくなるのです。そうなると食品産業の業績を一気に押し上げ、外食・中食(なかしょく)・加工食品という商品が大量に出回ります。

切羽詰まった女性の声

 料理をしようと思えば、食材を求めて自然を見ます。ひるがえり家族の方を見て、手を動かしながら(料理して)家族を思って少し工夫するのです。料理する人は自然と人間の間にいて、自然を守り、家族を守っているのです。料理する人が自然と人間の関係のバランスをとっているのです。今ではなかなか自然に対しては、そんなふうに見られる人は、少ないかもしれません。そもそも人間は自然の一部、田畑は自分の未来であることを忘れているのです。

 私が『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)を書いたきっかけは、「土井善晴の大人の食育」といった勉強会(2015年)で、若い女性、結婚を控えたカップルや、子供をもった女性が、大勢来てくれたとき、彼女たちから、「幸せな家庭を持ちたいけれど、料理ができない、料理した事がない」「子供を手料理で育てたいと思うけれど、どうすればいいか分からない」という切羽詰まった声を聞いたからでした。

 それまで私は彼女たちの苦しみ、悩みを理解していなかったので本当に驚きました。私は日常の料理をたいそうに考えていませんでしたから、ごく当たり前に「ご飯を炊いて具沢山の味噌汁を作ればいい」と話したのです。一汁一菜でまずはオッケー、一汁一菜は手抜きでないと、ごく当たり前にしてきたことを彼女たちに話したのです。彼女たちみんなが喜んで安心したようでした。

 一汁一菜は何も新しいことではなく、昔から日本の生活にあった食事スタイルです。実際に我が家でも忙しい日はそうしていたし、料理屋の3食の食事もすべて一汁一菜が基本でした。ちゃんこ鍋とは味噌汁のことですから、相撲部屋も一汁一菜が基本です。世界に誇る日本の懐石料理も、一汁一菜からはじまります。一汁一菜というスタイルを基本にして考え、日々の暮らしの中で変化させていけばよいのです。

2023.04.12(水)
文=土井善晴