――時空を超えた壮大なスケールの物語が、母の娘への愛に収斂していくのを観ていて、『メッセージ』(16)という映画を思い出しました。テッド・チャンの小説「あなたの人生の物語」が原作の。

クワン 僕らはテッド・チャンの大ファンなんです! 「あなたの人生の物語」は「感覚は言語に影響される」というセオリーを「時制のない言語を習得した者が過去現在未来を同時に感じる」というスケールに拡大しました。

シャイナート チャンはアイデアを崖っぷちのはるか先にまで推し進めるんですよ。

クワン たとえばテッド・チャンに「理解」という短編があります。その注釈でチャンは、カミュの『異邦人』について書いています。『異邦人』の主人公は何を見ても、そこに意味を見出せない。そしてチャンは考えた。逆に、何を見ても意味を見出すことができるキャラクターはどうだろう? そのアイデアを「理解」でチャンは極限まで推し進めます。

シャイナート どんな物を見ても、その構造から世界における機能まですべてを完全に理解できるようになった者が最終的にどうなるかを書き尽くしています。僕らは『エブリシング~』を作る時、テッド・チャンみたいにしようと決めたんです。ただのマルチバースの話にはしない、と。

クワン ある人が同時に別の場所に存在することが可能だったら、という単純なアイデアを、あらゆる場所に存在するところまで拡大したんです。

 

「闇があるから光が見つかる。絶望のなかで人は本当に大切なものを見つけ出すんです」

――カート・ヴォネガットについては? 『エブリシング~』ではウェイモンドがエヴリンに「親切でいようね」と言いますが、彼の言葉ですよね?

クワン 僕らにとってヴォネガットの小説は教典みたいなものなんです。

シャイナート 僕らは毎日だってヴォネガットの言葉を引用できるんですよ。たとえば「僕らは屁をこいてまわる(時間を無駄にする)ために生まれてきたんだ」。

2023.03.24(金)
文=町山智浩