インプットしたものをインプットしたまま出しても意味がありません。それは人の書いた論文を丸写しして提出するのと一緒です。自分自身がないのです。その手の人は作家に向いている場合があります。自分が演じてこそ一番おもしろいというネタが書けないと、芸人とは言えないと思うのです。

 NSC卒業したての頃は、みんな意気揚々としています。「誰が君の悪ふざけしているところを見たいと思う?」と言っても聞く耳を持ちません。自分のネタに絶対的自信を持っているのです。しかし、1年くらい過ぎて、思った通りにウケずにいると「何かおかしい……」とようやく気づくのです。自分らしいネタを身につけるまでだいたい2~3年はかかると思います。

 そして、芸人が成長するためにはある程度は、お兄さんたちからツッコミを入れられる、いじられることは必要不可欠だと思っています。自分を客観視することができるからです。それによって、自分が思ってもいない引き出しを見つけだせることがあるからです。逆に言えば、いじられる奴は才能があるのです。だから、お兄さんたちも何かを引き出そうとするのです。

 逆に、誰からもいじられずにまったく変わらず何年も同じことを繰り返している芸人も多々いるのです。

 

センスって何?

「センスがいい」という言葉があります。大喜利の回答などに対してよく使われる言葉です。自分も多用してしまうのですが使う時にとても気をつかいます。

 自分は映画ばかり観ています。映画は時代の先をいく設定を持ってきます。『ソードフィッシュ』(2001年)という映画を観た時に「お笑い界は時代に取り残されないだろうか」と考えたことがあります。銀行強盗の映画なのですが、ハッキングでお金を奪うので、現金の描写が出てこないのです。口座にお金を移すために移動する数字だけが映るのです。そこに緊迫感があるのです。

 その頃のお笑いは銀行強盗のネタをやれば次のような展開でした。銀行に強盗が拳銃を持って現れ「金を出せ」と脅します。行員が「お金はこれしかありませんが、これなら……」と何かを出します。いわば、何を出すかにセンスが問われていたのです。モノや言葉の大喜利でしかないのです。

2023.03.04(土)
文=山田ナビスコ
出典=「東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年」