さらに松本さんは、ファミリー層は切り捨て、自分たちの笑いがわかる世代だけに向けてネタをつくると発言しました。当時の若手たちもそれに追随したのです。そのため「自分の笑いがわからない客がバカ」という発想になっていったのです。それを熱烈に支持するファンがいる。芸人とそのファンだけが世界観を共有する。それがわからない周りは全員バカという考え方です。芸人もお客もニッチなほうに進むという悪循環が生まれていきました。この時代はお客同士の対立もすごかったのです。

 自分は「それはおかしい!」と思ったのです。そんなものはあきらかに演者側のエゴです。笑いの押し付けは「暴力」だと思うのです。そのためにかなり多くの芸人ともめてきました。世界観なんて売れてからやってくれ。「自分たちが何者でもない」ということを自覚することがスタートであるべきだと。

 時代は令和。にもかかわらず一方的に世界観を押し付ける若手は今でも少なからずいるのです……。お笑い界の難病です。

 

インプットとアウトプット

 体を張った企画やドッキリを仕掛けられた時、「こんな芸風になるはずじゃなかったのに~!」と絶叫する芸人がいます。夢見ていたのは冠番組でMCとなり、アイドルや俳優など一流芸能人を仕切ること。しかし、現実はいじられる側。

 芸人には憧れの芸人がいます。1990年以降はダントツでダウンタウンさんだと思います。東京ではここ5年くらい、金属バットやニューヨークみたいな漫才をやりたいという若手芸人が数多く現れています。最近は明らかにオズワルドの影響下に漫才をする芸人が増えてきています。

 ダウンタウンさんに憧れている芸人のネタはだいたい一目でわかります。たしかに、ダウンタウンさんがやったらおもしろいネタかもしれません。しかし、どこの馬の骨かもわからない一介のお兄ちゃんたちがやったところで、お客様は笑ってくれないだろうなあ~と思うのです。

 キャリアのない若手芸人はテレビで見ている憧れの芸人と自分を同一視してしまいます。自分がダウンタウンさんと同じ立ち位置にいると勘違いしているのです。たしかにワードのチョイスやセンスはいいかもしれない。しかし、それを本人がやってもウケないということがわからないのです。

2023.03.04(土)
文=山田ナビスコ
出典=「東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年」