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4代目を継いだ和ろうそく職人は、遺伝子研究から転身した深恵さん

 では、いったいどのようにして、この美しい和ろうそくが作られているのか。満性寺さんから歩いて数分の松井本和蝋燭工房へと歩いて向かうことになった。全国では20軒、岡崎では3軒ほどの和ろうそく工房のうちの一軒だ。

 途中、地元の銀行の前を通る際、ガイドの近藤さんは指を指して、「ここにその昔、ドライブスルーがあったんです」と教えてくれた。ハンバーガーショップのように銀行にドライブスルー? どれだけものぐさ……いや、なんというユニークな銀行なのだろうと感心したが、これも商人の街ならではのアイデアだったのだろう。

 静かな住宅街の中に建つ木造二階建ての松井本和蝋燭工房の中に足を踏み入れると、まるで時代劇のセットのような空間が現れた。

 創業明治40年、三代目の規有(のりあき)さんが黙々とろうそくのまわりに温めたロウを手でぺたぺたと塗っていた。

 「これを何十回と繰り返して、ちょっとずつ太くしていくんですよ。ロウは国産のハゼの実を絞って作っています。和ろうそくは煤や煙が少ないのが特徴ですね」と教えてくれた。すると、隣で完成したろうそくの頭を切っていた4代目の長女、深恵さんがろうそくの切り口を見せてくれた。

 おお、まるでバウムクーヘン! 塗って乾かした回数だけ、ろうそくにきれいな年輪ができている。てっきり私は何か型があって一度に太いろうそくができあがると考えていたのだが、手でひと塗りしては乾かす、この工程を何度も繰り返して作る昔ながらの製法で松井さんの和ろうそくは作られるそうだ。

 真ん中の芯もオール天然素材で、大正時代の和紙にイグサの髄(ずい:根の中心)をチョココロネのようにクルクルとまきつけ真綿で包んだもの。完成した白いろうそくはそれだけで美しいが、深恵さんの妹、美尋さんが色とりどりの絵具で絵付けを施したろうそくはお土産として人気がある。2016年の伊勢志摩サミットの時は、カキツバタが描かれた和ろうそくが各国首脳への贈答品にも選ばれたそう。

 もともとアクセサリーデザイナーだったという美尋さんの経歴に納得だが、驚いたのは4代目を継いだ姉の深恵さんは大学で遺伝子研究を学んでいたそう。

 「弟が継がないと言うので。それで伝統が途絶えてしまうのは残念だなと思って、4年前に自分が継ぐことにしました。もともと男性の仕事なので、蝋鉢でも七輪でも何でもサイズが大きくて重たいです(笑)。それに自然の素材を扱うので、季節によって微妙に作業を変えないとならないから今も難しい。奥が深い仕事です」と大変さを訥々と語るも、なぜか楽しそうにしか聞こえない。

 和ろうそくの伝統を知ってほしいと、同店では一般の人向けの絵付けや灯火体験を行っているそう。父娘で守るろうそくの灯りがいつまでも続いてほしい。

2023.02.20(月)
文・撮影=白石あづさ