第70回菊池寛賞を受賞した、約30年続く大人気シリーズ「映像の世紀」。NHKプロデューサー・寺園慎一氏による「『映像の世紀』制作秘史」(「文藝春秋」2023年2月号)を一部転載します。
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菊池寛賞を受賞
「長くやっているとこんなすばらしいこともあるんだなあ……」。私が担当している「映像の世紀バタフライエフェクト」が、第70回の菊池寛賞を受賞したという知らせを受け取った時に頭に浮かんだことだった。私は、1982年に入局し、40年以上、主にドキュメンタリー番組のディレクター、プロデューサーを続けてきた。ただただ目の前に積まれているVTRの山を編集し、台本を書いて、音をつけて、放送にこぎ着けるかということだけを考えているうちに40年も経ってしまったというのが実感である。
「映像の世紀バタフライエフェクト」は、2022年4月から毎週月曜日夜10時に放送している45分の番組である。「バタフライエフェクト」とは、本来は数学の理論などで使われる学術用語。同じ方程式に、ほんのわずかに違う数字を入れてみると、最終的には全く違う計算結果が生じる現象を指す言葉である。私たちの番組では、この言葉に「歴史の連鎖」という意味を込めている。
茨木のり子の「小さな渦巻」という詩がある。
ひとりの人間の真摯な仕事は
おもいもかけない遠いところで
小さな小さな渦巻をつくる
これが「映像の世紀バタフライエフェクト」が目指そうとしていることである。歴史上のひとりの人間の真摯な仕事が、遠いところでどんな渦巻を作ってきたのか。誰かが振り絞った勇気、あるいは犯してしまった罪が巡り巡って、積もり積もって、大きな出来事につながっていく歴史のダイナミズム。それを味わってもらうことを目指したのが、「映像の世紀バタフライエフェクト」である。
衝撃の第1シリーズ
「映像の世紀」がスタートしたのは、1995年、11本シリーズである。この番組は、それまでの歴史番組とは何もかも違っていた。専門家などのインタビューを排し、アーカイブス映像だけで構成する大胆さ。山根基世さんの流麗なナレーション。心に沁みる加古隆さんのテーマ音楽「パリは燃えているか」。現在も続く「映像の世紀」の基本フォーマットはこの時に生まれている。古くからのファンは、このシリーズを「旧作」とか「無印」と呼び、30年近く経った今も「神番組」として多くの人の記憶に刻まれている。私が制作に携わったのは、2015年の「新・映像の世紀」からで、この第1シリーズには関わっていないのがなんとも悔しい。今回の菊池寛賞は、「映像の世紀バタフライエフェクト」に与えられたというよりも、30年近く続けてきた「映像の世紀」シリーズ全体に与えられたものと私たちは受け取っている。
2023.02.12(日)
文=寺園 慎一