おいしさの理由に敬意を抱き、伝統を受け継ぐ

 1981年に「オーボンヴュータン」を開いてからは、「自分の中でのあるべきフランス菓子の姿を表現したい」という思いだけで、ずっと菓子を作り続けてきました。生菓子だけではなくて焼き菓子、ヴィエノワズリー、コンフィズリー(糖菓)、氷菓(アイスクリーム)、トレトゥールと、菓子屋のあらゆる仕事を網羅した商品と店作りにしたのは、僕が見たパティスリーの姿がそうだったから。

 そこに並ぶ菓子も、僕がフランスで目にして、味わって、教わって、おいしいと思ったものばかりです。僕が特に惹かれたのが、フランスの歴史や風土のなかで長く作り継がれてきた伝統菓子や各地の郷土菓子だったわけで、今でも本を読んだり、食べた感じを思い出しながら追いかけ続けています。

 伝統というものは受け継いでいかなくてはなりませんし、100年経っても200年経っても残っている菓子にはそれだけの理由とおいしさがあるからだと思うので、変にアレンジせず、できるだけ忠実にやろうと思っています。

 パリの伝統菓子として知られる「サントノーレ」も、今では、クレーム・シャンティイ(泡立てた生クリーム)を上に絞る人が圧倒的に多いですよね。それはそれで洒落ていると思いますけれど、そもそもはカスタードクリームとイタリアンメレンゲを温かいうちに混ぜた、クレーム・シブーストを主役とした菓子であったわけで、そのおいしさが根幹ならば変えるわけにはいかないと僕は思います。それが考案した人への礼儀でもあるし、伝統菓子への敬意でもあると思いますから。

2023.02.11(土)
文=瀬戸理恵子
写真=合田昌弘