さらにもうひとつ、女性に対する男性の憎悪であるミソジニーが本書のテーマのひとつであることは看過すべきではないでしょう。本書の悪役であるドン・ピーターズ刑務官がまさにそれを体現した人物ですし、ミソジニーへの反動で生まれたミサンドリーを抱える女性も登場します。男性と女性の分断の問題を「オーロラ病」というレンズを通じて見つめる、というテーマは本書に一貫して流れているものです。父キングも、『IT』や『ローズ・マダー』などでミソジニーやDVの問題を描いてきましたが、本書でそれがいつも以上に強く打ち出されているのは、父キングよりも若い世代であるオーウェンのインプットゆえかもしれません。

 なおオーウェンはスティーヴン・キングとタビサ・キングのあいだの次男ですが、長男も『ブラック・フォン』『NOS4A2』などで知られる幻想ホラーの名手ジョー・ヒルであることはよく知られています。母タビサも小説を発表していますから、まさに作家一家。唯一、オーウェンとジョーの姉であるネイオミ・キングだけが作家ではありませんが、彼女は神学を学んだ聖職者として、すぐれた説教に与えられる賞を受賞しているそうなので、文才は彼女にも受け継がれているようです。

 ちなみにスティーヴン・キングは短編集『ナイトメアズ&ドリームスケイプス』の自作解説の中で、短編「メイプル・ストリートの家」について、クリス・ヴァン・オールズバーグの絵本『ハリス・バーディックの謎』の中の絵を一点選んで、それに基づく短編を書くという遊びを妻タビサと「末の息子」オーウェンと三人でやったときに生まれたのが「メイプル・ストリートの家」だと明かしています。メイン州バンゴアの居間での親子の遊びの延長線上に、本書という圧巻の大作があるのだと思うと、感慨深いものがあります。

 とうに七十歳を超えたスティーヴン・キングですが、旺盛な創作欲は未だ衰えを見せません。とくに『アンダー・ザ・ドーム』以降のキングは、初期の剛腕ホラー・エンタメの路線へ回帰したような快作を連発しています。直近の邦訳作品『アウトサイダー』は「この世ならぬもの」による恐怖を描くものでしたし、小社より近刊予定の The Institute は、利発な少年と謎の組織の戦いを描くSFサスペンス的な作品で、初期の名作『ファイアスターター』を思わせます。そして今年(二〇二二年)刊行された新作は、その名もなんと Fairy Tale。キングが真正面からファンタジー的な物語に挑んだ大作で、新たな代表作になるのではないかと期待されます。

2023.01.27(金)
文=編集部