本州の西端、三方を海に囲まれた山口県は、温暖な気候と山海の美味に恵まれた場所。中世からの歴史・文化遺産も多く残り、大人がゆっくり旅を楽しむ要素が満載です。
なかでも注目すべきは、日本海にほど近い長門湯本温泉。音信川(おとずれがわ)沿いに広がるコンパクトな温泉街なだけに、ひとりでも気の合う人とでも、きっと満喫できるはず。
県下最古の神授の湯「恩湯」で湧きたての“ぬる湯”を堪能する
長門湯本温泉は、山間を縫うように流れる音信川に沿って形成された温泉街。その中心にある立ち寄り湯「恩湯(おんとう)」は、開湯600年の歴史を誇る長門湯本温泉の原点です。西の高野とうたわれた大寧寺(温泉街からほど近い古刹)の定庵禅師が、住吉大明神のお告げによって発見したという“神授の湯”の伝説が残り、長年、地元の人々に愛されてきました。泉源の所有はいまも大寧寺です。
時代の荒波を乗り越えてきた「恩湯」ですが、近年は老朽化が著しく、温泉街全体のリニューアルにともない、2020年にリニューアルオープンしました。温泉棟は、昔と変わらず泉源の真上。浴槽の奥に露出した岩盤から湧き出る温泉が浴槽に注ぎ込まれる一方、実は浴場の底にも「足元湧出泉」と呼ばれる泉源があります。階段状に深くなっていく湯舟(最深部は深さ1メートル)も、じつはこの泉源を活かすためなのでした。
ちなみに現在、日本のほとんどの温泉は、土地を人工的に掘削して湧出させたもので、恩湯のような自然湧出は希少。温泉は空気に触れたり、動力により攪拌されることで酸化し、結果的に劣化してしまうため、温泉が浴槽内にある自然湧出は温泉としての質が最も高いと言えます。
源泉の温度は39度と低めで、浴槽に注がれると体温に近い36~38度に。そのため、長時間浸かってもノーストレスな“浮遊浴”が叶います。ややとろみのある湯はアルカリ性単純泉ですが、規定の含有量に満たない硫黄の香りがするのは、泉源が間近な証。ゆっくり浸かることで温泉成分が皮膚からじわじわと体内に浸透し、冬場でも湯上がりはぽかぽかです。
循環や加水をせず(冬季は最小限の加温あり)、昔ながらの小さく深い浴槽で、純度の高い源泉をかけ流しにすることが、真のラグジュアリー。開湯600年の歴史に導かれた答えが、ここに凝縮されています。岩の割れ目から湧き出る温泉を眺め、その音に耳を澄ませ、自然の神秘に身を委ねましょう。
恩湯
所在地 山口県長門市深川湯本2265
電話番号 0837-25-4100
営業時間 10:00~22:00
休館日 第3火曜(祝日の場合は変更あり)
https://www.onto.jp/
2023.01.14(土)
文=伊藤由起
撮影=榎本麻美