この記事の連載

広域転勤は企業ロイヤリティの踏み絵

浜田 つまり構造がそのまま横にスライドしたみたいなことですね。

上野 そうです。だから私は、浜田さんほど手放しには喜べません。

浜田 私も、エッセンシャルワーカーの人はその恩恵にあずかれないなど、問題はまだあると思います。ただ30年間本質的なところが何も変わらなかったので、せめて転勤などものすごくハードルだったものがいくつかなくなるという意味では、これぐらいしかなかったといいますか。

上野 広域転勤については、人材育成に効果があるとは検証されていないという議論があります。だからあれは一体何だったんだと。人材育成に効果があったのではなくて、結局のところ企業ロイヤリティの踏み絵だったんですね。

浜田 ジョブ型に関して面白いなと思った事例が、富士通が実施した、入社何年目であっても管理職に手を上げていいという制度改革です。しかも期間限定にしたんですね。それで入社2年目の女性が管理職になったとか。

上野 管理職じゃなくてプロジェクトリーダーにしたらいいんです。プロジェクトが終わったら任を解かれて解散する、と。

浜田 そうなんです。そうすると男たちがしがみついている組織のヒエラルキーが崩れていきます。ジョブ型って日本になじまない面があるとしたら、管理職の期間があることです。雇用はある程度メンバーシップ型でも、管理職のようなポジションは期間限定というか、ジョブ型にするのはありかなと思います。

上野 メンバーシップ型で非常に硬直した人事管理をやってきたのは公務員も同じです。人事は年齢で決められ、成果も力量もほとんど関係なかったのですが、ジェンダー政策の主流化でいくらか影響がありました。各部署から手を挙げた人たちで庁内横断型のプロジェクトチームを作ると、チームメンバーとしてヒラと課長が対等になるんです。すると庁内全体の風通しが良くなるということも起きたそうです。

 今から30年以上前に『ネットワーク組織論』(岩波書店)で工学者の金子郁容さんたちが説いていたのはそういう組織論でしたね。それ以来、あいかわらず企業はツリー型のストラクチャーを変えてきていない。本当に変化が遅いですね、日本は。

男性中心企業の終焉 (文春新書 1383)

定価 1078円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

浜田敬子(はまだ・けいこ)

ジャーナリスト/前Business Insider Japan統括編集長/元AERA編集長。 1989年に朝日新聞社に入社。前橋、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部。副編集長などを経て、2014年からAERA編集長。2017年3月末で朝日新聞社を退社し、アメリカの経済オンラインメディアBusiness Insiderの日本版を統括編集長として立ち上げる。20年末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。2022年8月に一般社団法人デジタル・ジャーナリスト育成機構を設立。著書に『働く女子と罪悪感〜「こうあるべき」から離れたら、もっと仕事は楽しくなる』(集英社文庫)。


上野千鶴子(うえの・ちづこ)

1948年生まれ。社会学者。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。京都大学大学院社会学博士課程修了。日本における女性学・ジェンダー研究・介護研究のパイオニアとして活躍。著書に『女たちのサバイバル作戦』『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)、『おひとりさまの老後』『男おひとりさま道』(文春文庫)、『おひとりさまの最期』(朝日文庫)など。現在、「みすず」で「アンチ・アンチエイジングの思想」を連載中。

次の話を読む「なぜ優等生ほど社会的な差別を自然に してしまう?」浜田敬子から“組織で 生き延びてほしい”女性へのエール

← この連載をはじめから読む

2022.12.19(月)
文=鳥嶋夏歩
撮影=釜谷洋史