フェアな競争なんて幻想
浜田 怖いですが、でもそれは納得できます。
上野 そういう社会のなかで、その女性芸人の方も生まれ育って、勝ち抜いてきたということでしょう。成果を上げられない条件のなかには、赤ん坊を抱えている母親たちがいます。
子どもが生まれたら、育児が自分の人生の最優先事項になるという経験を女たちはしてきました。男たちがそうならない理由が私にはわかりません。成果主義は育児には全く有効じゃない。思うように子どもは育ってくれませんから。
浜田 経済学ではチャイルドペナルティという言葉もあるぐらいですから。チャイルドペナルティとは子どもを持つことに伴う労働所得の減少割合のことを言いますが、本来であれば、この減少を極力減らす施策を打つべきだと思いますが、そもそも日本では出産や育児による退職後、正社員での雇用が本当に難しい。そして先ほどの「成果で測る」というなら、その前提として、家事育児が女性だけに偏らない、本当に公平な競争環境を作らないと競争はできないと思います。
上野 それだけでなく、教育社会学は、生まれながらに平等な環境なんていうものはないということをデータで証明してきました。だからフェアな競争なんて幻想なんです。社会学者の橋本健二さんが『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)で述べていましたが、今のネオリベ的な価値観、自分がいい目にあうのは自分の努力と能力のおかげで、誰かが貧困なのはその人の能力と努力が足りないからだという考えに、アンダークラス(下層)の人たちの4割が同意していました。
浜田 そもそも私は「実力」とか「成功」とか「優秀」というもの自体を定義し直さなければいけないと思っています。それと、その実力が発揮できている環境かどうかとか、その実力って何なのか、みたいなところを疑って考え直すことからじゃないかと思うんです。
リモートワークは女性にとって福音か
上野 ジョブ型をやるための一つのツールにリモートワークがあります。浜田さんは、仕事のオンライン化は女性にとって朗報だと高く評価されていますね。
浜田 働き方を選べる柔軟性というのは、すごくプラスだと思います。
上野 「オンライン階級」という言葉をご存じですか。年収とリモートワークの実施率が実に見事に相関しています。つまりリモートワークの恩恵を被るのは高学歴高収入の階層だということです。それだけでなく長い間、女性労働市場の中で「テレワーク」というのは「電子内職」の別名でした。家にいて子どもの側でできる、マッチ棒を1箱詰めて何銭、というような、ものすごく低賃金の内職がデータ入力をするキーパンチャーのように電子化しただけでした。だから「テレワーク」は決して女性にとってポジティブな言葉ではなかったんです。
例えば今、ホームページを作るようなICT系のギグワーカーに、女性がたくさんいます。でも結局、横に繋がることができないし、賃金や働き方に関する交渉力もないので、ものすごく買い叩かれていませんか?
浜田 今のギグワーカーの制度だとそうですが、おそらくこれから人が足りなくなってくると、価格交渉力を持ってくると思います。
上野 そうなると、価格交渉に成功する、名前がブランド価値を持つようなクリエイターさんたちは一部出てくるとは思います。1990年代初頭にICT化が進んだときに、ICTの成果物にはジェンダーが刻印されないから情報技術は女性差別を解消する、資本主義の発展が家父長制を解体する、というオプティミズムをもったフェミニストが一部にいました。
それから10年ぐらい経ってヨーロッパでオンライン化が進んだ後、知識産業でジェンダー編成がどう変わったかという検証の国際共同研究がされ、『知識経済をジェンダー化する』(ミネルヴァ書房)という本になっています。ICT化の進展は労働のジェンダー編成を解消したのではなく、単に再編しただけだった、つまり同じICT業界のなかのボトムを女が占めるようになった、というのが実証研究の結果です。
2022.12.19(月)
文=鳥嶋夏歩
撮影=釜谷洋史