山登りはバドミントンに夢中になったときと似ている
――テント泊をすることもあるんですか?
登山をやっていくうちに、ひとりでテント泊をやってみたいと思っていたんですが、さすがに怖いかなと。よく行く地元のアウトドアショップの店員の方に「テント泊ができる場所知っていますか? もし良かったら一緒に参加させてもらってもいいですか?」と相談したら、快く引き受けてくださったんです。そこで山仲間ができて、今はみんなで行くことが多くなりました。
――山登りをするようになって、変化はありましたか?
精神的な変化は大きくて、頑張りすぎなくていい、このままでいいと思えるようになりました。自然のなかにいるだけで、自分がちっぽけに感じる瞬間があるんですよね。自然の懐の深さや木から感じるエネルギーに頼りたくなることもある。雄大な世界に身を置くことで、何も考えずにその場にいるだけでよくて、すべて自然が受け止めてくれるように思うんです。
山のなかではいろいろな発見があります。今にも倒れそうな木を見たりすると、踏ん張って立っている姿がたくましくて、かっこよくて、これもまた美しさなのかと。
世の中には美しいものがたくさんあるけれど、華やかな美しさだけではないと気付かされます。
――「頑張りすぎなくていい」と思ったのは、当時さまざまなプレッシャーがあったのでしょうか。
お仕事をするなかで、相手が自分に求めていることに応えられているのかどうか、自信が持てなかったんです。仕事に行くのが怖かったですね。これまでやってきたことが正しかったのか、自分は価値ある人間なのか?と考えてしまうこともありました。
コロナ禍になりお仕事が減ったことで、言い方が悪いかもしれないんですが、逃げられてよかったと、どこかでほっとしていました。
――心の余裕ができたことで、山に登ってみようとも思えた。
山にのめりこんだのは、子供のころバドミントンに夢中になったときによく似ています。当時はコートに入ってバドミントンをすることがとにかく楽しくて、オリンピックに出たいとか全国大会で優勝したいとかという気持ちはなくて、純粋に好きという気持ちだけでした。山登りも同じような感覚。こんなに生き生きと話すことってバドミントン以外はこれまでなかった。よほど山登りが好きなんでしょうね。
そういう意味でも山には救われました。夢中になれるものを再び持たせてくれ、自分を客観的に見られる視点も持てるようになり、生きるうえでの軸ができた気がします。
2022.12.18(日)
文=CREA編集部
写真=榎本麻美(Portlait)