あの時は考えられなかった景色が、今見られている

――これまでを振り返って、ご自身の中でのターニングポイントになった作品や現場はありますか?

 ちょうど5年前なんですけれど、座頭を務めていた猿之助のお兄さんがお怪我されて、ダブルキャストではありましたが猿之助のお兄さんの分も主役をやった『スーパー歌舞伎II ワンピース』ですね。秋になると、めちゃくちゃ思い出すんですよ。なんか僕、小学生の頃からそうなんですが、過去にあった情景を皮膚感覚で思い出すことが多いんです。朝起きたときの風の感じとかね。この間もそれがあって、朝起きた時に、唐突に『ワンピース』で演舞場の楽屋に通っていた日々のことをワーッて思い出して、そういや、猿之助さんが骨折ったのも10月だったなって。だから今、ターニングポイントと言って出てくるのは、あの時のことですね。

――連日大入満員の公演で、その翌日から千秋楽までの全公演、ルフィ役を務められて。それをきっかけに右近さんの名前を知った方も多かったと思います。

 この間、猿之助さんがスーパーバイザーを務められた『猿之助と愉快な仲間たち』という公演にゲスト出演させていただきまして、出番を待ってる間の空気感とかも含めて、最高の家族旅行に来ているなみたいな感じでした。そこで猿之助さんと、めちゃくちゃ色っぽい男女の踊りを踊らせていただいたんですけれど、それもなんだかめちゃくちゃ楽しかったし、猿之助さんは真っすぐに「ありがとう」って言ってくれるし。あれがあったから今があって、あの時は考えられなかった景色が今見られているんだって思ったら、本当に奇跡のように感じました。

――チャンスをちゃんと掴んだんですね。

 でも、思い返せば、あの時の稽古も嫌だったなって(笑)。猿之助さんとのダブルキャストに選んでいただけるなんて、すごいチャンスじゃないですか。それでも稽古に行くのが嫌で、あのときの稽古場の雰囲気とか、思い出せますもん。

――でも、公演が始まったら楽しかった?

 出たらめっちゃ楽しかったです。でも途中でハイテンション鬱みたいになったんですよ。

 毎日同じことをハイペースでやるから、すごく緊張するわけです。でも、療養している猿之助さんに、ミス連発、みたいなニュースを見せたくないし、客席に空席が目立つ、みたいなことも嫌だから、どんだけ頑張ったらお客さんが帰らないで済むかな、とか考えちゃって。結局僕、すごい根暗なんですよ。それでもやっぱりお客様に楽しんでもらいたいっていう気持ちでギリギリ持ち堪えられた。つねに、自分の根暗よりギリギリ勝ってる感じです。

――あの出来事があって、右近さんの注目度がぐんと上がりましたよね。

 尾上菊五郎家の僕が、市川猿之助家の座頭公演で、家の垣根を超えて主役を張るって、歌舞伎っていう狭い世界の中ではものすごく大きな出来事だったんですよね。でも、そこで無理やり僕をルフィ役に引き上げてくれた猿之助の兄さんには、感謝してもしきれないくらいです。父が歌舞伎俳優じゃない中、『鏡獅子』という演目に憧れて、歌舞伎の世界で生きてきた僕が、猿之助さんによって日の目を浴びたタイミングだったので、やっぱりあれがターニングポイントだったと思います。

テンションが上がった師匠からもらった誕生祝い

――発売中のCREA冬号の贈りもの特集に絡めて、ご自身の贈りもの定番があれば教えてください。

 僕の場合は、自分がプロデュースしているレトルトカレー「ケンケンカレー」ですね。これは僕の自主公演『研の會』に合わせて作って、会場で販売しているんですが、差し上げると皆さんめちゃくちゃ喜んでくださいます。ありがたいですよね。

――これまでにもらって嬉しかった贈りものはありますか?

 師匠(尾上菊五郎さん)からの誕生日祝いですね。師匠からいきなり「おめでとう」と連絡が来て、家に呼んでもらったんですね。そこでプレゼントをいただいたんですが、開けたら、紙の封筒に入ったものがポロッとでてきたんです。入っていたのがメッセージカードで、師匠の字で「飛躍の30代に」って書いてありました。プレゼントをくださったときは、今日誕生日だって聞いちゃったから……みたいな面倒くさそうな感じで、冗談ばっか言ってたんですけど、僕が来る前にこれ書いてくれてたんだって思ったら、感激しちゃって。師匠からはずっと「お前は暗いんだよ」と言われてきて、溝があるように感じていたので、まさかそんなこと書いてくれる日が来ると思っていなかっただけに驚いたし、何より嬉しかったです。これまでもらって一番テンション上がったのは、それですね。

尾上右近(おのえ・うこん)

1992年5月28日生まれ、東京都出身。清元宗家七代目清元延寿太夫の次男として生まれる。曽祖父に名優と謳われた六代目尾上菊五郎、母方の祖父に昭和の映画スター・鶴田浩二を持ち、6歳の時に歌舞伎座で初舞台を踏む。芝居心のある子役として注目を集め、2005年には七代目菊五郎一門となり、二代目尾上右近を襲名。’18年には父親の元、清元節の名跡である清元栄寿太夫を襲名し、歌舞伎と清元との両立を表明。また同年、舞台『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル』で翻訳劇に初挑戦。以降、歌舞伎のみならず、現代劇やドラマ、映画、バラエティなどに精力的に出演。20年にミュージカル『ジャージー・ボーイズ イン コンサート』に出演し、22年にはミュージカル『ジャージー・ボーイズ』で本格ミュージカルデビューを果たした。

J-CULTURE FEST presents 井筒装束シリーズ
詩楽劇『八雲立つ』

日本古来の伝統芸能に新たな価値を見出すことを目的として、「伝統と革新」をテーマに、日本が誇る各界のアーティストたちがコラボレーション。今回題材になっているのは、日本神話に登場するスサノオ(尾上右近)とイワナガヒメ(水夏希)の物語。スサノオが退治したとされる大蛇(オロチ)の舞は石見神楽で表現。出演者たちの纏う本物の装束にも注目したい。

期間:2022年12月30日(金)~2023年1月1日(日)
会場:東京国際フォーラム ホールB
構成・演出:尾上菊之丞 
脚本:戸部和久 
音楽・演奏:川井郁子(ヴァイオリン) 吉井盛悟(和楽器) 
出演:尾上右近、水夏希、川井郁子、吉井盛悟、花柳喜衛文華、藤間京之助、石見神楽(MASUDAカグラボ)、尾上菊之丞
https://www.iz2tokyo5.com/

2022.12.17(土)
文=望月リサ
撮影=平松市聖
スタイリスト=三島和也(tatanca)
ヘアメイク=Storm(Linx)