「めちゃくちゃ怖かったですね。変な人過ぎて。西田さんはジョン・レノンみたいやし、哲夫さんは軍服みたいな、くるぶしまであるようなコートを着ていて。僕はダウンタウンの浜田さんみたいな、おしゃれな先輩をイメージしていたので、全然ちゃうやん、と。キモ、このおじさんたち、というのが第一印象でした。いくら『おもろいから』って言われても、見た目のインパクトが強過ぎて、キモいが勝ってました」

 大悟はこう反省する。

「僕は2人に洗脳されている最中で、少なくとも、1年くらい見てましたから。でも、大阪に出てきたばっかりで、『この人たちおもろいから』って急に言われても、そら、ついていけませんわね。思えば、僕も最初、そうでしたから」

 その日の夜、ノブは「キモいおじさん」たちからさっそく洗礼を受ける。ライブのエンディングで、大悟とノブはこれから千鳥というコンビ名で再スタートを切ると紹介された。その瞬間、あいさつ代わりに何か言わなければならないと思ったノブの目に、司会の哲夫が着ていた何の変哲もないTシャツが映った。

「何やねん、そのVネックは!」

 脈絡のないノブの絶叫に会場が一瞬、静まり返った。他の出演者もぽかんとするしかなかった。ボケもツッコミも、つまりは誰かへのパスだ。ある程度、関係性が確立した上でなければ成立し得ない。ノブのひと言は突然、乱入してきた人間が誰もいない場外に思い切りボールを蹴り出す行為に等しかった。

 ライブ後、近くのたこ焼き屋で打ち上げをし、そのまま守一郎の家へ流れた。その家は大阪湾沿いにあった。明け方、泥酔したノブは、涙を流しながら、海に向かって嘔吐を繰り返していた。

 

「朝まで『大悟の相方は、おもろないねー』ってみんなからずっと言われ続けてたんです。なんじゃ、この世界は、って。一回スベっただけで、ずっとおもんないって言われるんかい、って。怖い世界に来ちゃったなと思いましたね」

 スキップとたちくらみが中心となって開催していたライブは、その名を「魚群」と呼んだ。魚群はノブにとって、さながら戦地だった。1つのミスが致命傷になる。しかし、そんな危険地帯にも、一条の光が差し込んでいた。

2022.12.13(火)
文=中村 計