パーフェクトな風水で繁栄したその村の中には……
村が牛の形になってから、それまでの災害続きから一転、この村には富がもたらされたという。実際、宋・明時代は、水上交通の要所にある村として、多くの豪商を生んだ。村の中には、一般公開されている家が数軒ある。ある家の狭い玄関をくぐると、中は予想外に広く、中庭があった。屋根のない中庭は、採光と風通しをよくするだけでなく、家の中に雨を降らせるためのもの。風水では、雨を貨幣にたとえる。この家の主は、天から降ってきた富を逃さないようにと、家の中に雨まで降らせてしまったのだ。
ふと壁を見ると、戯曲を刻んだ精巧なレリーフが施されていた。文化大革命時代を経てもなお美しいまま保存されているのは、村の人たちがこのレリーフを守るために泥を塗り、その上に「毛沢東語録」を書いてカモフラージュしたからなのだそうだ。これなら紅衛兵も見つけられまい。泥化粧が落とされ、美しい姿を再び人前に現したのは、文化大革命が終わって10年以上も経ってからのことだという。
小さな村は思いのほか見どころがたくさんで、結局、2時間も歩き回ってしまった。お腹もペコペコだ。村に1軒だけある食堂に入ることにした。簡素な店だが、ごま油の香りの中に厨房のおばちゃんたちの声が響き、素朴でいい雰囲気だ。スケッチのために村を訪れている数名の中国人旅行者も、のんびりと食事を楽しんでいる。
と、そのとき、同行してくれた中国人ガイドが私にこう言った。「この村には、スパイをとりしまる私服警官もいるから、外国語は話さないほうがいい。もしスパイと疑われたら、彼らにぴったりとマークされて面倒だからね。あなたはきちんと許可を得てここにいるけれど、個人旅行者は珍しいから目立ってしまう」と。村が未開放地区である理由は、近くに軍事施設があるからとも、外国人が宿泊できる施設がない場所だからとも聞いているが、とにかく、片言の北京語を話せる私に、中国人のふりをしていなさい、というのだ。
鶏がところかまわず走り回るような田舎の小食堂に、スパイや私服警官だなんて、信じがたい。運ばれてきた料理を前に、ふざけて日本語を発してしまった。その瞬間、食堂の隅にいた長身の男が、するどい視線を私に投げかけるではないか。男は私の背後にあるテーブルへと移動し、しばらく、聞き耳をたてていた(ような気がする)。そのときの私のいでたちは、ジャージにジーンズ、リュックサック。スパイと疑われたのか、たんなる偶然なのかは、いまだ定かではない。
芹澤和美 (せりざわ かずみ)
アジアやオセアニア、中米を中心に、ネイティブの暮らしやカルチャー、ホテルなどを取材。ここ数年は、マカオからのレポートをラジオやテレビなどで発信中。漫画家の花津ハナヨ氏によるトラベルコミック『噂のマカオで女磨き』(文藝春秋)では、花津氏とマカオを歩き、女性視点マカオをコーディネイト。著書に『マカオノスタルジック紀行』(双葉社)。
オフィシャルサイト www.serizawa.cn
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トラベルライターの旅のデジカメ虫干しノート
大都会から秘境まで、世界中を旅してきた女性トラベルライターたちが、デジカメのメモリーの奥に眠らせたまま未公開だった小ネタをお蔵出し。地球は驚きと笑いに満ちている!
2013.11.05(火)
text & photographs:Kazumi Serizawa