初回の見逃し配信は531万再生と、フジテレビ全番組での歴代最高。その後も回を重ねるごとに見逃し配信の歴代最高記録を更新し続けている木曜劇場「silent」。

 令和の恋愛ドラマとしても極上なのですが、それ以上にマジョリティとマイノリティの間にある隔たりを丁寧に描いているところもすばらしいのです!

 今後のストーリー展開も気になるところですが、今回は本作を鑑賞する上で注目してほしいポイントをまとめました。


コミュニケーションツールの変化に注目

 スマートフォンがこんなにも恋愛ドラマにおいて効果的に使われている作品、今まであっただろうか? 携帯電話の出現以降、すれ違いを起こせないなどの理由から恋愛ドラマをつくるのは難しいとずっと言われてきたけど、ドラマ「silent」は違います!

 「silent」は、主人公の青羽紬(川口春奈)が、高校時代の恋人である佐倉想(目黒 蓮・Snow Man)と8年ぶりに再会することで物語が展開する、切なくも温かいラブストーリー。想は高校卒業後、若年発症型両側性感音難聴を患い、聴力を失ったことを理由に紬と一方的な別れ方をしています。その二人が東京で偶然に出会う!というドラマチックな展開もさることながら、その後のふたりの恋愛模様において、スマホが大活躍しているのがとてもいいなぁと思うのです。

 中途失聴者と聴者による恋愛ドラマを振り返ってみると、90年代の「愛していると言ってくれ」(1995年放送)では、耳の聞こえない榊晃次(豊川悦司)と聴者の水野紘子(常盤貴子)の離れた時間を取り持ったのはFAXでした。紘子は自分の想いを晃次に告げるために、長文の手書きFAXの手紙を送ります。いまや固定電話すら珍しい時代ですが、家にFAXがなくてコンビニにFAXを送りにいくといういじらしさはまさに時代を感じるシーンです。その後FAXを購入(中古で12万円代!)し、お互いの家から些細な内容を筆談しあうやりとりはほほえましかったです。

 00年代の「オレンジデイズ」(2004年放送)の場合、耳の聞こえない萩尾沙絵(柴咲コウ)と聴者の結城櫂(妻夫木聡)は、ガラケーを駆使。振られて傷心する沙絵は、櫂にガラケーでキャリアメールを送信します。【応答せよ、ユウキカイ】。【応答しました、ユウキカイ】。

 そこからはじまるRe:Re2:Re2:Re2:Re2…のやりとり。沙絵の心の声として「ケータイメールのおしゃべりは、普通のおしゃべりと違って、相手の言葉が返る時間が、もどかしく、せつなく。あー、もうこれで返らないのかなーなんて思うと、長いのがきたりして。そういうときは、なんでもない言葉が、とても愛しい」というセリフが入るのですが、それもわかりみが深いです(YUIの「CHE.R.RY」聞きたくなる)。

 そして今回。スマホに感謝したくなりました。LINEは今ではどのドラマでも定番のツールですが、このチャットツールの素晴らしさを改めて理解しました。

 LINEがガラケー時代のメールと違うのは、短文のやりとりが重視されるということ。そもそも日本語は婉曲表現も多い、ハイコンテクスト文化で理解が難しい言語です。生まれたときから耳が聞こえないろう者の場合、母語が日本語ではなく日本手話(あとで説明します)という人も多いので、文章や文字情報を正確に理解することが苦手な人もいます。それでも、LINEのような短文の会話ならわかりやすく理解しやすいという人も多いと思いますし、なによりもともと日本語に理解のある中途失聴者や難聴者とのやりとりにおいてはやはり有効な手段です。

 さらにお互いが目の前にいるときは、手話のほかにメモアプリでの筆談も活用。そして今作は、双方がコミュニケーションを取る上で、「音声認識技術を使って声を文字化するアプリ」が登場しました。2話以降は聴者である紬が自分のスマホにちゃんとインストールしています。ドラマを見るとかなりの精度で文字変換されているので、名前などの固有名詞はアプリ内に事前に単語登録しているよう。スマホがあるから、よりスムーズに意思疎通ができる。これには技術の進化のすばらしさを感じました。もう恋愛ドラマのスマホを邪険にできません。

手話表現をする俳優陣の演技力がすごい

 かつての聴覚障がいを扱ったドラマたちでもそうですが、双方のコミュニケーションにおいて手話は欠かせません。手話についてちょっと説明すると、日本で使われる手話には「日本語対応手話」と「日本手話」があります。「日本語対応手話」は、日本語の文法に合わせて話し言葉を言葉通りに置き換えられるもの。1度でも日本語を耳で習得したことがある人(中途失聴者、難聴者など)が主に使います。

 「日本手話」は生まれつき音声が判別できない日本のろう者が主に使う手話で、ろう者にとっては第一言語。日本語とは異なる独自の文法構造を持ち、発話を伴うものではありません。たとえば日本語で「昨日の夜はどこにいましたか?」は、日本手話では「昨日 夜 いる どこ?(場所+なに?)」となります。

 実生活では両方の手話が混在している場面も多いですが、今作で想や桃野菜々(夏帆)をはじめとする登場人物のほとんどは「日本手話」を用いています(中途失聴者の想が声を出したがらなかったり、日本手話を使ったりするのはおかしいという人がいるかもしれませんが、それも偏見。いろんな人がいていいんです)。

 日本手話は、単なる日本語の代替手段ではなく、独立した別の(文字を持たない)言語です。だからこの手話を操る人たちは、日本語とは異なる言語を話す「言語的マイノリティ」であるともいえる。つまり役者たちは2つの言語を操るという大変な苦労をしているはずなのですが、その演技が、とにかくすごい! 

 菜々は生まれつき耳が聞こえないろう者であるので、手話が母語。それを夏帆さんは見事に演じています。手話は固定語彙(手話の本に載っている単語)だけに頼ることなく、CL表現(物の形や特徴をしっかり伝えるための表現)や表情、空間など、いろんな要素があわさって表現されます。手話通訳の方の表情の豊かさはそのため。そんなプロに劣らぬ手話をされていて驚きです。

 手話における表情は単語と同等以上に重要です。もちろん中途失聴者の想を演じる目黒 蓮さん、聴者で手話教室講師の春尾正輝を演じる風間俊介さんも、かつての恋人のために手話を習い始める紬役の川口春奈さんも、手の動きだけでなく表情にもとても目が行きます。

 きっと体全体で必死に言葉を伝えようとしてくれているからでしょう。それぞれの立場による熟練度や環境に応じた手話を含めた演技は、心情まで見事に表現されているように感じます。

 かつての作品はだいたい耳が不自由な役は一人で、他の登場人物はその人とのコミュニケーションのために手話を覚える役回りでしたが、今作はそこも違います。手話を第一言語として生活しているろう者、手話を獲得・習得しようとしている聞こえない人や、聞こえにくい人、手話を使う聞こえる人など、多様な手話話者がでてきます。そうすることで、たとえば「聴覚障がい者」とひと括りにされてしまう人たちがそれぞれ異なるアイデンティティを持っているということも伝えてくれています。

 また今作では、ろう者の俳優である江副悟史さんと那須映里さんが出演しています。それはリアリティを追求する側面でも大事ですが、なにより当事者が当事者の役を演じることは雇用機会の不平等をなくす意味でも重要なことだと思っています。

 実際にさまざまなろう者が登場することで、今まで知る機会があまりなかった「ろう文化」や当事者の多様性を伝えてくれるのではないかと期待しています。

2022.11.09(水)
文=綿貫大介