母校で改めて出合い直したリベラルアーツの精神
――近年、柚木さんの作品はシフターフッドやフェミニズム軸での評価が高まってきています。そこには中高一貫の女子校での実体験が影響しているように感じたのですが。
私の出身校は、恵泉女学園中学・高校です。創立した河井道は、津田梅子らに師事した女性教育者でした。先日ちょうど津田塾大学の現学長とお会いして話したのですが、やはり津田梅子や河井道ら明治の教育者は、アメリカのブリンマー・カレッジのリベラルアーツ教育を実践したかったのだと思います。
ですが、私は中高生の時にそれをまったくわかっていなかった。恵泉女学園で学んだことがシスターフッドやフェミニズム、日本の女性史において意味のあることだと気づいたのは、卒業してから10年以上経って母校の文芸部のコーチになってからなんです。ふと資料室前を通ると、河井道と広岡浅子と津田梅子と村岡花子と柳原白蓮らが映っている写真や、吉田茂からの手紙などの展示が目に入りました。こんな歴史上の人物たちが一堂に会することがあるのかと驚きました。
まるで1人ずつ違う武器を持つマーベル映画の登場人物たちが集結した『アベンジャーズ』のようで。こんなに面白い学校だったとは、学生の頃はわかっていなかった。成績表が張り出されないのも、行事が多いのも、当時の私はいくら成績が下がってもバレないからラッキーとか、行事が多いのは授業がつぶれて最高! くらいにしか思っていなかったんです。勉強をしたくない人間にとっては夢のようだったんですけど、それらは人間教育に重点を置いているから方針として行われていたことだったんですよね。この学校生活は確実に私の中に息づいているのですが、その意味を自覚したのは最近なんです。
――たしかに学生時代には気づけないことは案外多いですよね。
勉強のことでいうと、たいていの学校の歴史の授業では近現代史はほとんど扱われないですよね。どうやって参政権を女性が勝ち得たのかなどは一番教えた方がいいのに。縄文時代の高床式倉庫のことはしっかり学ぶのに、日本の植民地支配については教科書にほんの少しあるかどうかです
――歴史の中では特に女性の話は語られないですよね。文字資料の不足と偏りという事情もあると思いますが、その裏には文字資料の書き手が圧倒的に男性であったり、そもそも女性の営みが記録に値しないと思われていたりという不均等な実態があります。物語でいうと、大河ドラマの主人公に渋沢栄一はなるけれど津田梅子はならない。
日本って常々、建てるべき女性の銅像が建っていないと思っています。坂本龍馬や西郷隆盛は銅像になっていますが、あの人たちは人を殺していますからね! 津田梅子や市川房枝の業績は批判的に評されることもありますが、人は殺していませんよ。人を殺していない女性が厳しく言われて、殺している男たちは英雄扱い。やはり女性に厳しい。
2022.10.21(金)
文=綿貫大介
写真=平松市聖