夏の終わり、山形で開催された2夜限りの晩餐
「山形座 瀧波」の前身は、創業100年を超える老舗旅館。そのDNAと、置賜盆地の豊かな食材、原田誠シェフの料理に、小林シェフの新しい視点が加わることで、どんなケミストリーが起こるのでしょう。
2022年8月28日、29日の2日間にわたり開催されたイベントは、夕方、杉板の床が素足に心地いいロビーラウンジから始まりました。“日本唯一のパルマハム職人”の称号を持つ、岐阜県「BON DABON」の多田昌豊さんが提供する24ヶ月熟成のパルマハムと、ナチュラルワインが振る舞われ、これから始まるディナーへの気持ちが高まっていきます。
コースのマストは、お造り、お椀、米沢牛
会場となるダイニング「1/365」は、「その日・その時の最高の食材で食事を提供する」というこだわりが込められた、最高の舞台。コの字型のカウンターからは、小林シェフたちが料理を仕上げていく様子を眺めることができます。
手元のお品書きには、二十四節気七十二候から「処暑」「天地始粛(てんちはじめてさむし)の頃」の文字。暑さが和らぎ秋の気配が感じられる、この時期に沿った料理であることを示しています。
「今回のイベントにあたり、最初に宿を訪れたのは8月上旬。まだ暑い時期でした。まずは原田シェフの料理を食べさせてもらい、食材を見せてもらって試作。瀧波の伝統である<お造り><お椀><米沢牛>はマストとし、“いま、ここにしかない”かたちを探りました。漬物など郷土の保存食も、そのまま使うのではなく、いまの料理に落とし込むことができたと思います。本番は試作のときより季節が進み、秋の気配が感じられたので、料理の温度帯を変えるなど、微調整もしています」(小林シェフ)
まず運ばれてきたのは、「兆し」と銘打った青紫蘇のジュース。透明感のある緑のエキスで口とお腹をリセットしたところで、続いての料理「夏日陰~鮎、胡瓜」が登場。玄米粉をまぶして香ばしく揚げた最上川の鮎は、黒文字の枝(ふんわり柑橘の香り!)ごと持ち上げ、かぶりついていただきます。受け皿には胡瓜の漬物とセロリ、グラスで胡瓜のガスパチョが添えられ、香魚とも言われる鮎の風味を引き立てていました。
メニュー名「大地から」は、蕎麦と豆腐。いずれも地元の名物で、豆腐にはクリームチーズを合わせてほんのり温かいペーストに仕立て、底に山葵をしのばせています。「“蕎麦がき”からの発想ですが、蕎麦本来の滋味をより感じてもらえると思います。トッピングは、たまたまそば粉のクレープの端っこがあったので(笑)、カリッと焼いて添えました」。そんな即興性も小林シェフならではです。
農家への応援にも繋がる、間引きりんごを使った逸品
お題のひとつだった「お造り」の銘は、「古往今来~置賜野菜、筋𩺊(すじあら)」。数日寝かせて旨みを凝縮させた白身に、置賜産のピーマン、葱、オクラなどの野菜、そして、りんごの摘果(間引いたもの)をスライスして加え、マヨネーズで和えていただきます。この摘果りんごは、前ページで登場した「平農園」から。
「摘果りんごって、もっと酸っぱくて固くて食べにくいかと思いきや、酸味、甘み、香り、食感もよくって、野菜として使えるなと。こんなふうに、市場には出回らないものを使いたかったんですよ。“いま、ここにしかない味”の角度が上がるし、レストランがこういった食材を見落とさずに使うようになれば、農家の応援にも繋がるから」
続いて、「お椀」にあたるのは、「霞~舟形マッシュルーム、山形地鶏」。椀種は、生で美味しく食べられる名産の舟形マッシュルームと、地鶏の内臓も混ぜ込んだつみれ。出汁は、鰹と昆布、そこにバター。隠し味に、原田シェフの故郷の味でもあるかんずりを効かせ、椀種と絶妙なバランスを取っています。ペアリングは、仁井田本家の「しぜんしゅ にごり」を熱燗で。
「この意外な発案は、瀧波の若手スタッフから。料理にもよく合っていて面白いし、こうした自分にない発想に出会えるのが、イベントの楽しいところです」と、小林シェフもご満悦でした。
置場盆地が誇る米沢牛のイチボはローストで。ただし、肉だけをメインとせず、地場野菜のオカワカメや、数種類の豆とぶどうのサラダ、パプリカのみりん粕漬けと一緒に、ポン酢をつけていただくスタイルです。
「郷土」の味としてフィーチャーしたのは、長茄子。高温でオーブン焼きにすることで旨みをぎゅっと凝縮させ、白味噌(田楽のイメージ)、パルミジャーノ、バジリコの味を重ね、リコッタのクリーム、フェンネルと行者菜の花を添えています。さらに、多田さんの生ハムの高貴な旨味をプラスして、原田シェフ✕多田さん✕小林シェフという、三位一体の素晴らしいひと皿になりました。
最後の「馳走」は、南陽産のお米を各ゲストの目の前で土鍋で炊き、そこに穴子の天ぷら、地元の薄皮丸なすの漬物を添えた、メイン級の〆。
「お楽しみ」の白桃、鬼灯のデザートまでいただきすっかりお腹は満たされましたが、それでも食べ疲れしないのが、小林シェフの料理。儚く消えてしまうものだからこそ、深く心に残ります。めくるめく「処暑」の一夜は、こうして大団円を迎えました。
2022.09.18(日)
文=伊藤由起
写真=橋本篤