各宿のアイディアが光る改革はハード面・ソフト面ともに
これまでの宿のイメージを覆す新しい部屋や空間ができた宿もあります。妙見温泉の妙見石原荘に誕生した特別室「瑠璃紫」には、部屋の中に大きな半露天風呂と湯上がりリビングがあり、その広さはベッドルームや和室とほぼ同じ。まるで貸切風呂が部屋専用にあるような特別感です。夏瀬温泉・都わすれにも部屋の温泉を大浴場クラスに巨大化した夢の部屋ができています。
須賀川温泉のおとぎの宿 米屋は、別館を全面改装して6室の自家源泉かけ流し温泉付きプライベートスイート「離れ88」がオープン。おとぎの世界とは真逆のスタイリッシュ空間でリゾート気分を味わい、オーガニックな料理でほっこり和む、滞在の幅が広がりました。
大沢山温泉の里山十帖には、築150年の庄屋をフルリノベーションした、棚田の絶景を眺められる里山十帖 THE HOUSE「IZUMI」が誕生、一日一組の温泉付き一軒家でプライベートステイと宿施設の両方を楽しめます。
世界からの旅行客にも注目されそうな、大胆なデザインや発想を取り入れた宿も。扉温泉 明神館に4室誕生した「然 SPA Living」は神話がテーマ。畳にベッドの寝室と、中央に温泉の湯船があるリビングで瞑想の時を過ごす非日常感が味わえます。
有馬温泉の御所別墅には、世界初のプライベートONSENツリーハウス「CORVO DE OURO」(金のカラス)付きの部屋が誕生。海外リゾートに負けないメタモルフォーゼができる場所になりそうな予感。
祖谷温泉の和の宿 ホテル祖谷温泉は大浴場を全面改装し、幽玄な祖谷渓谷の天空に浮かんでいるようなインフィニティ温泉ができました。
ソフト面の強化が光る宿も。赤湯温泉の山形座 瀧波は、コロナ禍に重ねた研修の縁が発展し、昨年秋にミシュランシェフの原田誠氏が料理チームに加わり、料理がドラマティックに進化しています。
また、村杉温泉の風雅の宿 長生館は、全客室が広い庭園に面していることを活かし、夕食後に部屋からジャズの生演奏を楽しめる「庭園ジャズライブ」を企画。これが大ヒットとなり10月まで毎月開催する人気イベントになっています。
こうした温泉宿の静かなる革命は、全国各地で起こっています。リピーターにしかわからない変化は数えきれないことでしょう。「価値ある場所へ出かけたい」という旅への思いが強まる中で、我宿はどうあるべきかと、とことん考えて挑戦をあきらめない宿、個性を磨き続ける温泉地であることが、これからの時代を担う旅先になっていくことと思います。
※文中に登場する宿の中にはひとり宿泊を受け入れていない施設も含まれます。
石井宏子(いしい・ひろこ)さん
温泉ビューティ研究家
旅行作家。年間200日を国内外の旅に費やし取材・執筆。温泉や食、自然環境など旅を通じて美しくなる“ビューティツーリズム”を提唱している。著書『感動の温泉宿100』(文春新書)ほか多数。
2022.08.29(月)
文=石井宏子