坂東玉三郎と言えば、舞台から放つ目映いばかりのオーラで観客を圧倒する「美の化身」であることに疑いを抱く人はいないでしょう。しかも、その「美」も千差万別です。『助六』の花魁・揚巻は、美貌のみならず気風の良さと愛する男に向ける愛らしさが魅力ですし、昨年、片岡仁左衛門との共演で話題になった『東海道四谷怪談』では、あまりに幸薄きお岩を切々と演じ、観客の涙を誘いました。また、『伽羅先代萩』の名場面「飯(まま)炊き」では、主君への忠義と我が子への愛の葛藤を背中で見せる芯の強い乳母・政岡という難役を、実にストイックに演じて見せます。

 女性より女らしいなどと言われる「女形」の中でも、玉三郎が演じる「女」は、役柄と性格付けの見本のようです。

 そんな玉三郎が、多くの人のイメージを打ち破る芸者を演じる『ふるあめりかに袖はぬらさじ』が来月、歌舞伎座に登場します。

人間の愚かさや虚しさを描く 有吉佐和子の真骨頂

 同作品は、社会派の作家として数々の名作を残した有吉佐和子が、昭和の名女優である杉村春子のために書き下ろした作品です。杉村を尊敬してやまない玉三郎にとって、お園は憧れの人に近づきたいという思い入れの強い作品でもあり、何度もお園を務めてきました。

 舞台は、黒船来航によって開国した幕末期の横浜。外国人の姿が街の日常風景になりつつあり、彼らも日本の文化に馴染み、遊郭にも足を踏み入れるようになっていました。そんな中で、事件が起きます。一人の薄幸な花魁が失恋し、悲しみの余り自殺するのです。花街ではありがちの話ですが、いつの間にか、「異人に抱かれるのを拒んだ攘夷女郎が自刃した」という噂が一人歩きし始めます。

 横浜には、外国人を排斥しようという尊皇攘夷の志士たちも大勢おり、彼らによってその花魁は、「まさに大和撫子の鑑」と持て囃され、その死を悼む客が列をなします。

 玉三郎が演じる芸者・お園は、自害した花魁と親しかった縁で、その「美談」の語り部としてあちこちのお座敷に呼ばれるようになります。お調子者で気の良いお園は、「美談」が嘘なのを承知しながらも、客の期待に応えようとついつい話をデフォルメして宴席を盛り上げます。

 ちょっと色を添えたいだけの「嘘」が、いつしかデフォルメされてどんどん話が大きくなっていく――。この話の流れ、いわゆる「フェイクニュース」が「ホントの話」になる現代社会にも通じる話だと思いませんか。

 このフェイクが成長する過程を、玉三郎は、笑いの渦に観客を巻き込みながら、みごとに表現していきます。

2022.06.02(木)
文=真山 仁