社会を描こうとする意志の兆しは、確かに脚本にある。「当時の時代を知らないので、文献を読んだり、沖縄戦の話も聞かせてもらったりしてから、撮影に入らせてもらった」と語る仲間由紀恵、「これまでも自分で資料館に行ったりして、沖縄の歴史を知ろうとしてきた」と語る黒島結菜をはじめ、沖縄出身の俳優たちにも、社会的なテーマを受け止める準備はあるように見える。

「ありがとう。これで胸を張って…」具志堅用高が明かした出来事

 5月12日の『ちむどんどん』では、ヒロインの兄が東京でボクサーになる展開が描かれる。そのボクシングジムの会長を演じるのは具志堅用高だ。

 世界王者時代に出版された彼の自伝『リングは僕の戦場だ』では、『ファミリーヒストリー』の北村一輝とは逆に、ミックスルーツの女性との結婚を、沖縄の両親に反対された痛みの記憶が綴られている。国を挙げて賞賛される王者時代の中で彼がそれを書いたのは、差別の痛みを知っているからだ。

 NHKから発売されている公式ドラマガイドでは、その具志堅用高のインタビューが掲載されている。世界チャンピオンになった夜、東京に出てきた沖縄の青年たちがいっせいにジムにかける電話が鳴り止まなかったという。

「彼らが最初にかける言葉は『おめでとう』じゃなかった。みんな『用高ありがとう』というんだよ」と具志堅用高は回想する。「『もう明日から、会社に堂々と行ける』『これで胸を張って、沖縄出身だと言える』とみんな言ってたね。復帰前に沖縄から本土に出てきた人たちは、いろいろとつらい思いをしたんだろうね」

 カットしようと思えばできたこのインタビューをドラマガイドに掲載した作り手もまた、NHKの中にいる。

 何が描かれ、何が描かれないのか。沖縄出身と本土出身、本土復帰の時代を知る世代の俳優と知らない世代の俳優たちが混在するドラマで、作品は何を残せるのか。それは簡単に勝てる試合ではない。連続テレビ小説という、日本のマジョリティのど真ん中に位置するリングでの戦いだ。次にここで沖縄の物語を語ることができるのが何年先になるか分からない、逃すことのできないチャンスになる。

 序盤から苦戦は続き、しびれを切らせた客席からはヤジとブーイングまで飛び始めている。だが試合はまだ終わってはいない。上京組と、沖縄の家族たちの物語がパラレルに進む、と小林大児チーフプロデューサーが語るドラマは、まだ第2ラウンドのゴングが鳴ったばかりだ。その一方の舞台となる横浜鶴見は、今は亡き父親•賢三が戦地から帰って住んだ場所、物語のテーマが眠る場所である。

2022.05.26(木)
文=CDB