ただ一緒にいたい。恋愛って、そこにしかない

──作品の中では、吾郎も芙美も自身について多くを語りませんし、お互いの距離もなかなか縮まりません。それでも惹かれ合っていくところに、大人だからこそのラブストーリーを感じました。

松重 セリフに書かれていない行間にこそ、吾郎が芙美さんに惹かれていく何かがあったんじゃないかと思うんですよ。たとえば、あの男が何であの町を選んだのか、なぜ工事現場で働いているのか、そのあたりって説明されていませんよね。

──そうですね。説明的な要素はかなり削ぎ落としている印象でした。

松重 もしかすると観る人は「そこをもっと描いてほしい」と思うかもしれないけれど、書かれていないもののほうが非常に豊かだし、芙美さんとの関係にしても、会話じゃない部分にこそいろんなものが詰まっている。そこを僕は役者として受け取って、感じて、演じました。お客さんにもそれが伝わるといいし、言葉ではないその“空気”がよかったなと思ってもらえればいいなと思いますね。

小林 確かに、セリフじゃないところから受けとれるものがたくさんある映画かもしれないですね。芙美や吾郎さんだけでなく、芙美の友だちや周辺の人、みんな多くを語らないけれど、過去を受け入れて自分らしく生きようと前を向いている。そういう想いが、観る人にも伝わればいいなと思います。

──大人になっても出会いはあるし、恋は生まれる。それも一つの希望ですね。

小林 いくつになっても人は恋をするものだと思うんですよ。でも、それがカップルとして成立するとか、ずっと一緒に歩んでいくとかってなると、それぞれの置かれている状況もあるし、年齢が上がると難しいのかもしれないですね。そのうち相手を思いやる気持ちが、性別じゃなくて人間レベルになっていくような。それって自然現象なんでしょうね。本能としての種の保存ありきの若い頃の恋愛とは、その辺がちがうんじゃないでしょうか(笑)。

松重 結局恋愛って、その人と時間を共有したいという思いに尽きると思うんですよ。一緒にいたい、くだらない会話のキャッチボールをしていたい、それがもはや恋愛というか、恋愛ってそこにしかないような気がする。もちろん、若い頃と年をとってからでは恋愛のかたちは違うけれど、究極はやっぱり二人でいるということに過ぎないと思うし、そうありたい。

小林 なるほどねぇ。いいですねえ。

大人になると、オリジナルな自分に戻れる

──冒頭のお話にもありましたが、『CREA』読者のような20代、30代は、お二人のような大人に憧れる部分が多々あると思います。

小林 うーん、それはどうかわかりませんが(笑)、20代ってすごく大変ですよね。

松重 そうだね。「若い頃に戻りたいですか?」って質問には、「絶対イヤだ」って答えるもん、僕。お金がない、仕事もままならない、目上にイヤなヤツがたくさんいる。若いって、もう困難しかない。

小林 そうそう、困難しかない。私も絶対戻りたくない(笑)。

松重 でも、向き合うことでしか解決つかないんですよね。お金の苦労も、仕事がないことも、イヤな上司も、正面から向き合わないかぎり解決ができない。斜に構えたりすると、良い結果にならないと思うな。そうやって向き合っていけば、まぁ50過ぎて60に近づく頃には、少し自由になるかもしれないよ、っていうぐらいしか言えないけど。

小林 本当に歳をとってからのほうがラクになれるし、楽しいですよね。私も20代はキツかったな。20代から30代の頃は、自分がなりたいと思う自分とか、期待されている自分にならなきゃいけないと無意識に考えていた部分があったんですよね。でもそれが歳をとると、どんどんオリジナルの自分に戻っていくんですよ。それがすごく自分でも面白いなって思うんですけど。お年寄りって、人の話聞かないじゃないですか。

松重 ハハハ、確かに。

小林 自分もそうなっていくのかなって思いますもん(笑)。若い時って、周りの様子を見たり、相手の話に合わせたりすることができるじゃないですか。それはたぶんエネルギーがあるからなんですよね。歳をとると、もうそんなことは気にならない(笑)。逆に、自分は何が好きかとか、自分は何がやりたいかとか、オリジナルの自分がはっきり出てくる気がします。

松重 価値観も変わっていくよね。若い頃に価値があると思っていたことやものが、もはや価値に思わないことが多くて、逆に不便だったり煩わしいと思っていたりしたものに、価値を感じるようになる。例えば言葉の意味ひとつ調べるにも、スマホで検索するんじゃなくて辞書を引くことのほうに価値を感じるように、年齢と共に変わってきているんですよ。

小林 若い世代が面倒に思うようなことにこそ、価値を感じると。

松重 そうそう。だから、逆に言うと若い人たちも、便利になったと思っているものの価値を、あえて一度疑ってみるのも大事かもしれない。昔と比べてはるかに便利になったと感じている今の自分の生活、たとえばSNSとかもそうなんだけど、便利になったからこそ苦しんでいる部分があるんじゃないのかな。だとすれば、価値観を切り替えていって、むしろ不便さというところから生活の土台を築き直していくほうが、将来自分のためになるような気がしますね。

──ありがとうございます。読者の心にきっと響くと思います。

小林 大丈夫でした? こんな話で(笑)。

小林聡美(こばやし・さとみ)

1965年生まれ、東京都出身。映画デビュー作『転校生』をはじめ、『かもめ食堂』や『めがね』、人気ドラマシリーズ「やっぱり猫が好き」など数多くの映画やドラマに主演。映画『紙の月』では第38回日本アカデミー賞優秀助演女優賞、ブルーリボン賞助演女優賞を受賞。近年の出演は、映画『閉鎖病棟 −それぞれの朝−』(19)、『騙し絵の牙』(21)など。『聡乃学習』はじめエッセイ本などの著書も多数出版している。

松重 豊(まつしげ・ゆたか)

1963年生まれ、福岡県出身。蜷川スタジオを経て『地獄の警備員』で映画デビュー。『しゃべれどもしゃべれども』で毎日映画コンクール男優助演賞、『ディアドクター』でヨコハマ映画祭助演男優賞受賞。映画『ヒキタさん!ご懐妊ですよ』『老後の資金がありません!』、ドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」、連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」、『持続可能な恋ですか?~父と娘の結婚行進曲~』など。2020年には自身初の書籍『空洞のなかみ』を上梓。

映画「ツユクサ」

隕石とぶつかった1億分の1の出来事も、草笛を吹けるようになった些細な出来事も、どちらも主人公・五十嵐芙美の日常に起きた小さくて大きな奇跡。そして、誰の日常にも奇跡があふれていると気づかせてくれる物語──。安倍照雄によるオリジナル脚本を、『愛を乞うひと』『閉鎖病棟-それぞれの朝-』など、さまざまな視点から“人”を描いてきた平山秀幸監督が映画化。小林聡美を主演に松重豊、平岩紙、江口のりこらが顔を揃えた、大人の人生にそっと寄り添ってくれるあたたかな一作。
2022年4月29日(金・祝)より全国公開
https://tsuyukusa-movie.jp/
公式ツイッター @tsuyukusa_movie

2022.04.26(火)
文=張替裕子(giraffe)
撮影=山元茂樹