ツユクサのような生活にも、きっと奇跡は起こる

──芙美と吾郎、悲しい過去を持つ二人の距離を近づけたものは、吾郎の吹く草笛でした。松重さんは、演技の前にまず草笛の練習から入られたそうですね。

松重 指導の方は音階も正確に出せる本当のエキスパートでしたが、当然そこまでのレベルに到達するのは難しい。でも草ってたいていどこでも手に入るでしょう? 僕がよく犬の散歩に行く公園にも5カ所は群生しているところがあるんですよ。そのうち1カ所は、すごくキレイでフレッシュな草が生えていて。

小林 フレッシュ(笑)。

松重 毎朝それをポケットに詰め込んで帰って、洗って草笛の練習をしていました。僕はあまり役作りというものをしないんですけど、「今度の役はこういう楽器の演奏者だ」とか、「こういうことを追求している研究者だ」とか、そういう部分を勉強していくのは俳優として非常に楽しい時間だったりするんですよね。とくに草笛は、ちょっと難しそうだけれど、ちゃんと音が出るとすごく気持ちがいいものなので、吹けるようになったときにはすごくカタルシスがありました。

小林 でも、あれ、ホントに難しかったですよ。私はとうとう音が出せませんでしたもん。

──芙美が吹けたときの表情、すばらしかったです。吾郎は好きになっちゃうだろうなと思いました(笑)。

松重 なんでもない草なんだけれど、音が出た瞬間、やっぱりハッとするんですよね。そういう気持ちって、まさに小さな奇跡なのかもしれない。『ツユクサ』という映画のタイトルにも、そういう意味が込められているんじゃないかな。

小林 ツユクサという植物は知っていましたけど、この作品の中でとても重要なものなので、台本を読みながら、「あれ、どんな花だったっけ?」ってあらためて姿を確かめました(笑)。それぐらい、どこの道端でも見かけるような草ですよね。芙美さんの生活もどこにでもある、ツユクサのようにささやかなものかもしれない。でも、そんなささやかなものにも物語があるんだなって思います。

2022.04.26(火)
文=張替裕子(giraffe)
撮影=山元茂樹