山笑う春が来て、やがては山滴る夏へ。日ごと外へ出かけるのが気持ちよく、楽しめる季節になってきた。思いっきり自然を満喫すべく、野山へ足を伸ばしてみよう。女性が一人で気楽に始めるにはどんな道具が必要なのか。「ウルトラライトハイキング」を提唱するHiker’s Depotのオーナー、土屋智哉さんに話を聞いた。

必要なものだけを持って、自然を楽しむ

 Hiker’s Depotに並ぶ商品は、軽やかに自由に山歩きを楽しんでもらいたいという思いから「ライト、シンプル&ナチュラル」というコンセプトで選ばれている。その根底にあるのは「ウルトラライトハイキング(以降U.L.ハイキング)」という考え方。どのようなスタイルのことなのだろうか?

「3,000〜4,000kmのトレイルを、半年くらいかけて歩いて旅するロングトレイルで培われてきた考え方です。長い期間を歩くには、いかに装備を軽くするかが大切。軽くすれば、体への負担も軽減でき、体力に余裕が生まれますね。荷物が重いとうつむきがちで自然を楽しむことができなくなってしまいますし。安全に、快適に自然を楽しむために生まれたスタイルなんです。それが90年代に入って『ウルトラ』という言葉を使ってさらにキャッチーになって広まりました」

 山を歩くとなると、まずは登山靴を用意し、荷物を運ぶバックパックを選んで……と考えがちだ。本格的な道具をきちんと揃えなければできないのではないか、と。しかし、必ずしもそうではないと土屋さんは教えてくれる。

「ヒマラヤとか本格的な登山をするのと、気軽に近くの低山や自然歩道を歩くのでは、装備が違います。『U.L.ハイキング』は、その区別をはっきりさせたともいえますね。後者の場合、登山靴は必要なくて、スニーカーでもいいんです。バックパックもがっしりしたフレームやパッドのない軽いものでいい。小学生のころの遠足を思い出してみてください。いつもの靴、ナップサックで歩きませんでしたか?」

 いつもの履き慣れたスニーカーでいいなら、ぐっとハードルが下がる。装備をあれこれ持たなくていいのなら、気持ちも楽になるだろう。あれこれ揃えなければと気負う必要はないのだ。

「危ないのは、必要以上の道具を持ってへとへとになってしまうこと。疲れてしまっても山までタクシーは呼べませんから。バテないためには、自分に対する負荷を減らせばいいんです。そうすればまわりの景色を存分に楽しむことができます。『U.L.ハイキング』は、安全に、かつ、自然をより深く感じるための考え方だと思ってください」

 自然のなかでコーヒーを飲みたい、凝った料理をしたいと、あれこれ道具を持ってしまうこともあるだろう。しかし、重くなればそれだけ身体は疲れて、うつむきがちになってしまう。せっかく自然を楽しむために行っても、目に入るのは地面と自分の足元だけ、というのはなんとも寂しい。本来の目的である「自然を楽しむ」ことを最優先して考えればいいのだろう。

必需品だけ持っていくから軽い

 では、一体どのようにして、荷物を軽くしていけばいいのだろうか。

「軽くて便利な道具ってないんですよ。軽くするためには、自分が手間をかけることが増えると思ってください」

 たとえば、炊飯器でご飯を炊けば、スイッチひとつで何もせずにことがすむ。しかし軽い鍋で炊くなら、自分で水加減や火の具合を調整し、炊き上がりを見極めなければならない。荷物を軽くするのは、そういうことだと土屋さんは言う。

「道具に頼らず、自分でやってみることが軽量化につながります。知恵やスキルも身につくし、経験値も上がるので楽しくなっていくはず。とはいえ、何も持たずに山へ行こうというのではないんです。『必需品だけを持っていくから軽い』ということ。自分にとっての必要なものを厳選してください」

 大切なのは、山や散歩道を歩くことに対して、何が必要かということ。あれこれ楽しみをプラスするのは、まだ先にとっておき、シンプルに歩いて自然を楽しむことを目的にすれば、自ずと必要な道具は絞られてくる。

「『足るを知る』という言葉があるように、これで十分だと思えるかどうかなんです。これだけでもできる、これで足りるんだと思えたら、日常も変わってくるかもしれません。道具をシンプルにすることは、自分のライフスタイルを考えるきっかけにもなります」

 軽くする目的は、あくまでも体への負担を減らして、自然を楽しむこと。自然を楽しむのに、必要なものはそれほどないのかもしれない。

 では、実際に用意するべき「必需品」とは、どんなものかを教えてもらおう。

2022.04.21(木)
文=晴山香織
写真=釜谷洋史