必死な人たちだからこそ、難しいけれどリアルで面白い
――ようやくの上演で皆さん力が入っていると思いますが、稽古されていて、映画と舞台の違いのようなものは感じますか?
三浦作品が描く人間のすごく細かい気持ちや機微を大きな劇場で表現するという難しさを、すごく課題に感じているところです。どれだけ本気で心の中で思っていても、その表現をカメラが切り抜いてくれないって、俳優としてすごく難しいことなんだなって。
ドラマにしても映画にしてもカメラがあるので、私は演技だけしていればいいけれど、舞台ではお客さんに届ける、見せるということを自分で意識しなければならない。こういう繊細な作品だからこそ大きく演じすぎたくない、でも大勢のお客さんに伝えなきゃいけないという、舞台の難しさを毎日すごく感じていまね。
――三浦さんの演出は、映画と舞台で違う部分がありますか?
感覚としては全く変わらないですね。舞台の芝居をつけてもらっているというより、すごく細かな気持ちの機微や心の奥の部分を一緒に決めていってくださる感じなんです。セリフにしても、『この言葉はどの思いで出せばいいんだろう』って悩みながら、ひと言ひと言、一文字一文字、作っている感じです。
―― 一文字一文字ですか。確かに、三浦さんの作品はセリフの一つひとつがリアルで、呼吸まで伝わってくるような感覚になります。
台詞がすごく細かいんですよ。「や、」とか「あ、」とか、言葉の合間に接続詞ではない一文字が加わっていて、この「や」にどれだけの想いや意味がこもっているんだろうって、すごく考えます。こんなに難しいからこそ、作品として見たときに、どこかで聞いたことがあるような、妙に実感のある言葉に聞こえるのかな、と。
映画を見た時は、久しぶりにこんなに声を出して笑ったなぁと思ったくらい面白かったんです。なのに自分自身が演じるとなったら、「あれ、もっと楽しい作品だったのに」って思うぐらい難しくて。でも、こんなに演じるのが難しいくらい必死な人たちだからこそ、客観的に見たときにリアルですごく面白かったんだなっていう気づきもありました。
2022.03.12(土)
文=張替裕子(giraffe)
撮影=深野未季
ヘアメイク=石川奈緒記
スタイリスト=伊藤信子