デビューから約100年、亡くなって46年。イギリスの推理小説家アガサ・クリスティの人気は、今もとどまるところを知らない。近年もBBCとアマゾン・プライムによるドラマ化があり、フランスやインドなど海外でも、現地のキャストと言語で映画化されている。

 ケネス・ブラナーが再映画化した2017年の「オリエント急行殺人事件」も、好評だった。同作品で、ブラナーは、主人公の名探偵エルキュール・ポアロ役と監督を兼任。その他の主要な出演者は、ジョニー・デップ、ジュディ・デンチ、デイジー・リドリー、ペネロペ・クルス、ミシェル・ファイファーらだ。映画の最後では、ブラナーが次に「ナイル殺人事件」を手がけたがっていることが示唆されていたが、早くも実現したわけである。

最初の結婚の「辛い経験」が生み出した物語

 閉じ込められた空間で、多数の登場人物のうち「誰がやったのか」をポアロが見事に解明すること、キャストが豪華であることは、「オリエント急行~」と同じ。だが、1978年版を見ている人にはご存知の通り、本作のストーリーは、恋の三角関係が中心だ。しかも、ブラナーによると、これは78年版よりさらにセクシーで、危険な香りに満ちているとのことである。

「これは、アガサ・クリスティにとって最もパーソナルな小説と言われている。最初の結婚がもたらした辛い体験が、この物語を生み出したようだ。愛に取り憑かれた人が、相手は自分を愛していなかったと知る。相手が愛する人は別にいるのだということを。それは、時代や国境を越えて誰もが共感できる状況だ。クリスティの小説がこんなにも長く愛されてきたのは、彼女がいつもそのツボを理解してきたからじゃないかな。彼女は人間をわかっていた。みんながどんな物を読みたいのかを」

 

「オリエント急行~」の列車に代わり、今回はナイル川のクルーズ船が舞台。乗客は、結婚式を挙げたばかりの資産家令嬢リネット(ガル・ガドット)と、家柄は不釣り合いだが魅力的な夫サイモン(アーミー・ハマー)、彼らの招待客。そんな中に、呼ばれてもいないのに勝手に乗り込んでくるのがジャクリーンだ。彼女はサイモンの元婚約者で、リネットの元友人。そもそも、ジャクリーンが自分の婚約者だとサイモンをリネットに紹介したことで、サイモンとリネットは知り合うのである。78年の映画でジャクリーンを演じたのは、当時売れっ子だったミア・ファロー。しかし、本作でブラナーは、ほぼ無名のエマ・マッキーを抜擢した。

2022.03.08(火)
文=猿渡由紀