2021年、東京・青山ブックセンターで文芸書ランキング1位となったのは、文筆家・塩谷 舞さんのデビュー作『ここじゃない世界に行きたかった』。ランキング1位を記念して同店で行われたトークイベントから、塩谷さんの「人生を変えてくれた」ものとの出会いを紹介します。


1 コペンハーゲンの旅

 今日はまず、私のなかで美意識の転換点になった旅のお話からはじめたいと思います。2018年に念願かなって訪れたコペンハーゲンでの出来事です。曇り空が多いからこそ生まれたパステルカラーの古い建造物、美しい街並みがどこまでも続き、心が踊りました。

 そんなコペンハーゲンの街で、ずっと行きたいとリストに入れていた家具屋さんを訪れたとき、日本のインテリアショップで見たときとは違う、景観と地続きにある美しさに驚かされたんです。光や建造物のなかで、ものの力が最大限に輝いている。その空間に、色素の薄い北欧の方々が佇んでいるのを見ると、その全てが調和していて。人が創ったデザインも、気候風土の子どもであると気付かされました。

 でも、そんなお店のなかにあった鏡でふと自分の姿が目に入ったとき、猛烈な違和感が……。東アジアからやって来た自分は、肌の色も、骨格も、なんだか馴染まない。日頃暮らしていたニューヨークは人種のるつぼなので、欧米社会であれそんなことを感じたことはなかったのですが。そこですっかりお買い物意欲も失せてしまって(笑)、美しい街並みのなか歩いてホテルまで帰り、もう疲れて眠かったので顔を洗いまして。

 ただ、真っ暗なバスルームで自分の顔を見たら、なんと言うか、すごくさっぱりしている。その日、華やかな装飾物を過剰摂取したから、かもしれません。洋食を食べ続けた後に、久々に食べるお浸しのような感じですかね(笑)。自分の瞳の色を生まれてはじめて観察して、その地味な焦げ茶色に、故郷を感じてしまいました。

 私は物心がついた頃から、姉たちが遊んでいたシルバニアファミリーの玩具やリカちゃん人形に囲まれ、ティーンになったら一重まぶたならばアイプチせよと教えられ、鼻を高く、目を大きく、髪を茶色くすることを勧められてきた記憶があります。CMや雑誌、商品に囲まれながら、無意識的に欧米への憧れと、自虐的な価値観を育ててしまったような。

 グローバル社会のなか、大阪も、東京も、ニューヨークも、メインストリートに並ぶブランドはほとんど同じ。S、M、Lや、SS/AWという規格化された世界のなかで生きていて、そこにしかない風土や、これまで育まれてきた「文化的な背骨」を失ってしまった状況なんだな、と感じました。それが人種の抑圧や、過剰生産といった社会問題にも繋がっている面もあります。

 「ヴァナキュラー建築」という言葉があるのですが、それは土着の、つまりその土地の気候風土によって生まれた建築のことで、「建築家なしの建築」とも呼ばれています。私たちの周りには本来、さまざまなヴァナキュラーな文化があったはず。そうした身の回りの、ある種「ありふれて目立たない」と思っていたものを再認識することが、文化の背骨を取り戻すためには必要なんじゃないか、と。そう考え始めた、人生の転機となった旅でした。

2 ALLAのオーダーメイド服

 こういう話をしてしまうと、「アジア人的な見た目をしていること」が前提条件のように捉えられてしまうかもしれないのですが、これはあくまで私の場合。アジアの文化に惹かれる外国人との出会いも、私の頭をやわらかくしてくれました。

 2019年、短期の語学留学でアイルランドへ行ったのですが、そこで出会ったベラルーシ出身のファッションデザイナーであるALLAは、沢山のことを教えてくれました。大学院で生物学を研究していた彼女の作る服は、環境や動物への負荷が低く、素朴な美しさがありました。スタジオに遊びにいって服をオーダーしたのですが、彼女は日本やアジアの文化に深く惹かれていて、そうした文献が並んでいました。

 彼女が私に作ってくれた服は、モンゴルの民族衣装からインスピレーションを受けたものです。袖を通してみたら、あまりにも身体に馴染んでいたから、彼女も喜んでくれました。そこから彼女とはすっかり仲良くなって、故郷の文化や社会情勢、家族のこと、環境問題、さまざまなことを話しました。異なる文化をリスペクトすることは、色や形を真似るだけではなく、そこにある諸問題や現実にも目を向けることであると考えさせられました。

 少し話がそれますが、アブダビやドバイもあるUAEに、シャルジャという小さな国があり、3年前に訪れました。現代的な建築が立ち並ぶドバイとは異なり、土や石で作られた古くからの建造物が並び、現地のイスラム教徒の方々がそこをガンドゥーラやアバヤを着て歩いている。その姿に圧倒的な強さを感じました。宗教的な意味合いも強いですが、砂漠に囲まれた砂埃の多い地域ですから、全身を覆うマントのような衣類は合理的で、用の美でもあります。それに、服や髪型に悩まなくていいから便利、という話もしていました。でも、日によってはTシャツとデニムを着る人も。そうすると突然、東京やニューヨークでもよく見かけるような姿に変身します。

 土着の風土によって育まれた衣服には、その土地で育った方々の持つ魅力を引き出してくれるような力を感じています。我々が着物を日常的に着る機会は少なくなってしまいましたが、もうすこし過ごしやすい形で、自分たちの体形や、この場所の気候風土に合った服装を楽しめると良いですよね。

2022.02.27(日)
構成=CREA編集部