この状況を指して、羽生善治九段は「将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれた。でも、高速道路を走り抜けた先では大渋滞が起きている」という言葉を残した。誰もがソフトを使えるようになったからこそ、それを使うことが最低限の前提になっていて、その先ではさらに高いレベルの競争が起こっているのだ。

 

「ツッコミ強」から「ボケ強」、そして……

『M-1』に挑む芸人の間でも同じことが起こっている。勝つためにはこうすればいい、という「傾向と対策」は誰でも知っている。そんな状況では、出場するすべての芸人がその水準で争うことになるため、その中でほかと差をつけるのがより難しくなる。

 高速道路の先で漫才師たちの大渋滞が起こっている中で、錦鯉はその上空を飛行機でやすやすと飛び越えていった。その飛行機には「バカ」という燃料が積まれている。この燃料が豊富にあったからこそ、彼らは『M-1』の覇者となることができたのだ。

『M-1』という大会が続いて、漫才が進化を重ねた果てにあったのは、「ツッコミ強」から「ボケ強」への時代の変化。そして、「ボケ」を上回る「バカ」の強さである。必死で面白くなろうとしている芸人たちの中で、激しい競争を勝ち抜いたのは、「初めから面白い人=バカ」だった。錦鯉は最強の漫才師であると同時に、愛すべき最高の「バカ」である。

2021.12.30(木)
文=ラリー遠田