北海道余市町。NHKの連続テレビ小説「マッサン」の舞台となったニッカウヰスキー余市蒸溜所があり、昨今はワインの町として脚光を浴びる余市は、塩うに発祥の地でもあります。積丹ブルーとも呼ばれる美しい海で育ったうには、濃厚な甘味と旨味を併せ持ちながら、磯の風味が追いかけてくる後味が特徴でもあります。

 かの地には、北海道のうにを心ゆくまで堪能できる、うに専門店があります。その名も「世壱屋」。店名には、余市で世界で一番おいしいうにを提供したいという思いが込められています。


これでもかというほどにうにが盛られた「世壱屋」のうに丼

 「世壱屋」へ行けば、きっと多くの人が迷うだろう。ここで、何を食べるべきか、と。

 そもそもの目的はうにである。迷うことなどあるものか。そう思うかもしれない。いやいや、うにを求めて足を運べば、余計に心は揺れるはずだ。

 心からうにを欲している身に、手渡される品書きにはこう書かれている。

「5大うに食べ比べ丼」
「余市産うに食べ比べ丼」

 さらに、それぞれの丼に付けられた解説が決断を鈍らせる。「国内の美味しいうにを集めた5大うに丼」と「余市産ムラサキうにとバフンうにの生と炙りを食べ比べ。さらに余市産甘エビも盛りました」とある。あぁ、悩ましい。

 実は「世壱屋」の品書きは、もう一枚ある。そこには「うに定食」がある。「国産の塩水うにをまるまる1パック使った贅沢な定食」だという。

 その隣には「うに本鮪5種食べ比べ丼」の文字が見える。視線を下へと移せば「うにいくら丼」。うにプラスαの丼もまた魅力的である。

「トロサーモンいくら丼」「焼魚定食」も登場する。うにが本命だったはずなのに、不思議とちょっとばかり心を動かされたりもする。浮気心かただの食いしん坊か。

 ふと、我に返る。「世壱屋」には、うにを食べに来たんだよなと。そう自分に言い聞かせて、最初に手渡された品書きに戻る。

 店長の加藤修平さんが「迷いますよね。自分もいつも迷います」と言って笑う。スタッフの名越倫子さんも「私も迷います、相当」と言って笑う。店での一番人気は「余市産うに食べ比べ丼」だという。値段も一番高い。7,150円也。ちなみに「5大うに食べ比べ丼」は6,600円。実はと、代表の犬嶋裕司さんが口を開く。

「最近、余市産のうにの値段が高騰しているんです。100グラムの塩水パックで4,000円が相場だったのが、いまは仕入れ値で6,000円、7,000円にまで上がっています。春先は余市産の食べ比べ丼も6,000円で出していたのですが、注文が入った分だけ赤字になるという現状でして、泣く泣く値上げをしました」

 それでも儲けはないんですよと、犬嶋さんは懐こい笑顔を見せる。丼にはうにを100グラムも使っているんですと、加藤さんが追い打ちを掛けるように教えてくれる。

2021.09.27(月)
文=花井直治郎
撮影=石渡 朋