「余市のうに」の美味しさを世界に届けたい

 「世壱屋」は2012年に犬嶋さんが立ち上げたうに専門店だ。世界で一番のうにをつくっていくという意味で店名を決めたという。標榜するのは「品質世界一」である。

 余市で生まれ育った犬嶋さんにとって、余市のうにが美味しいことは当たり前のことだった。余市を離れて知ったのは、余市=うにのイメージが、どこにも誰にもなかったということ。

 調べてみると、余市の海岸線は岩礁地帯が続いていて、良質なうにが育つ環境にあった。しかし、余市にはうにの加工場がない。余市のうには塩水うにとして市場へと送り出されていた。そもそも、余市は塩水うに発祥の地でもある。塩水うにの美味しさはよく知っている。ただ、高級な鮨店や和食店で使われるうにのほとんどは生うにで、余市のうにの美味しさを知ってもらう機会が少ないことを憂うしかなかった。

 余市のうにのために誰かが立ち上がらなければならない。そう感じるようになった犬嶋さんは、その誰かに自らがなった。

「もったいないですもんね。せっかくのうにを知ってもらえないのは」

 その思いだけで「世壱屋」はスタートした。

「当初は北海道物産展でうに弁当を販売するはずだったのですが、余市のうにが一番美味しい夏の時季に、北海道の物産展を開催するところってほとんどないんですよね……」

 リサーチ不足でしたねと、犬嶋さんは笑う。時季的なことと技術的な問題もあって、生のうにを使うことがままならない。当時は、蒸しうにを使って弁当をつくっていたという。それでも、実際に口にしたお客さんからの反響は上々で、犬嶋さんは手応えを感じていく。

「うにをお腹いっぱい食べたい。そう思っている人がかなりの数いたんです。その欲望を実現させたいと思いました」

 2018年、犬嶋さんは余市に念願の店舗をオープンする。うにを惜しまず、これでもかと投入するスタイルは、うにへの愛情と欲望を丼へと昇華させたものだった。

 「世界中に余市のウニを広めていきたいんです。余市の水産資源の価値も高めていきたいと思っています」と語る、うに愛に溢れる犬嶋さんに聞いた。うには子供の頃から好物だったのですか、と。返ってきたのは意外な答えだった。

「いやぁ、うには普通に好きという程度です」

 ははははと笑う犬嶋さんは、ちょっと待ってくださいといった様子で両手を広げてさらなる告白。

「うにの美味しさが知られていない悔しさはもちろんありました。でも、それ以上に故郷が廃れていくのが残念でならなかったんです。偉そうなことを言ってますが、僕も余市を離れていったひとりです。活気のない町からは、若者がどんどん外に出ていってしまいます。そこをなんとかしたいという思いの方が強かったんですよね」

 うに愛以上に、犬嶋さんに溢れていたのは、余市への愛だった。

2021.09.27(月)
文=花井直治郎
撮影=石渡 朋