東京を離れ、ひとりで地方に住む選択をした4人の移住物語。「とりあえず動いてみる」という軽やかさで居を構え、旅するように土地の魅力に触れ豊かな日々を過ごしている。自然の恵みや、人との出会い……そして一日の始まり、満員電車とは無縁の幸せな朝時間についても聞いてみた。


がんばってきたつもりが会社員生活に挫折

高澤 千絵 49歳

東京→志賀(石川)

【仕事】地域おこし協力隊→能登の観光事業、金沢大学医学系公衆衛生学研究員など
【住居】アパート(1LDK) 無料(光熱費のみ)→実家
【移住の手段】地域おこし協力隊に応募 ※

 地中海を思わせるマリンブルーの増穂浦海岸、日本海の荒波で生み出されたダイナミックな奇岩・巌門……。これらは石川県・能登半島の中央に位置する、志賀町を代表する観光スポット。高澤千絵さんは2019年に実家の隣町に移住し、観光コンテンツを地元経済に繋げる仕事をしている。

「増穂浦海岸は子どものころに海水浴に時々来ていましたけど、当時は特別な場所としては思っていませんでした。大人になって改めて見ると、やっぱり美しい。通勤のとき、車で海岸線を走るんですが、海と空の色を見るだけで気持ちが癒やされます」

 高澤さんは高校まで能登の七尾市で過ごし、卒業後は埼玉大学に進み社会人になってからはほとんどが東京。

「能登に戻ってくる考えは全くありませんでした。面白いことは、ここでは起こらないと決めつけていたから」

 アメリカ留学をしマーケティングを学び、マクドナルドに転職し着実にキャリアを積み上げていった。しかし、40歳になったころに、提携会社に行くことになりショックを受ける。

「会社員なので異動はしょうがないんですが、マーケティングの分野でやっていこうと思ったので、キャリアを会社によって変えられてしまった気がして。年齢のせいなのか、実力のせいなのか納得がいかないまま、もんもんとした気持ちでいました」

 そんななか、友人から立教大学大学院の21世紀社会デザイン研究科が、社会課題を勉強できて面白いみたいよと聞き、視点を変えるために会社に勤務しながら学ぶ選択をする。

「これからの働き方や地方の過疎化などへの関心が高まり、卒業後にはアメリカで町作りの人材育成プログラムに参加するなどしてフィールドを広げていくうちに、ふと思ったんですよね。私、地元のこと全然知らないなって」

 能登の今の状況を知るために、軽い気持ちで訪れた移住相談会で、志賀町の観光に関係する仕事で地域おこし協力隊(※)に興味ありませんか? と提案される。

「担当の方に熱心に言っていただいたので、応募するだけしてみようかなと。志賀町は祖父母が住んでいた町でしたからね。今も残っている祖父母の古民家が素敵で、カフェなど人が集まる場所になったらいいと考えていたところでもありました」

 2018年12月に採用が決まったものの、東京を離れることへの迷いはあった。将来を見据えて購入した中古マンションは残し、東京に戻る選択肢をもちながら能登に行くことを決める。

※地域おこし協力隊とは?

地方自治体が都市住民などを受け入れ、地域活性化に向けた活動を行ってもらう制度。選考後、採用が決まったら1年以上、3年以下の期間、地域おこし活動に従事。報酬や活動費の支給に加え、住宅補助がある自治体も多いため、移住の入り口として利用されている。

2021.09.27(月)
Photographs=Wataru Sato

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※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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