「リリーさんのひとり芝居」という演目の力

――齊藤さんは、この作品を劇場公開することについていかがですか?

齊藤 リリーさんにもご協力いただいたミニシアター支援プロジェクト「Mini Theater Park」もそうですが、個人的には現場がコロナ禍で厳しくなって、単純に劇場の数に対して作品が枯渇していくんじゃないかという危惧がありました。

 現状は思いのほか国内外の作品が豊かに公開されている印象はありますが、来年・再来年のことも考えていくと、サブスクリプションサービスとの兼ね合いで、劇場という場所が良くも悪くも意味を変えざるを得ない。

 ただそんななか、やはり大きかったのは「リリーさんのひとり芝居」という演目の力ですね。そこに、各劇場が手を上げてくれたんです。

 もちろん僕としては最初から劇場公開という意識はありましたし、空間としてパソコン等で観てもらう作品を作っているつもりはハナからなかったのですが、具体的に劇場をブッキングできているわけではありませんでした。脚本家・金沢知樹の書いた戯曲と、『ペンション・恋は桃色』の清水監督率いる比較的若い方々で構成されたチーム、そしてリリーさんのコラボレーションを観たい! という掛け算的な発想だったんです。

 ただ、企画・プロデュースを担当している身としては、アウトプット……つまり出来上がったものの行き先に一番責任があると思っているので、ファーストランもそうですがセカンドラン、その後の展開をしっかりと考えていかなければならないし、大切に届けていきたい。

 撮影から公開までは非常に短い期間ではありますが、じゃあ来年になったら色褪せるかといえばそんなことはなく、むしろこの作品の味わいは三日目のカレーのように深くなっていくんじゃないかと思っています。

リリー ただね……。ポスターとかにもう少し大きく「企画・プロデュース:齊藤 工」って入れてもらわないと、興行的な責任の所在が俺に全部のしかかってくる(笑)。

 出てないけれどものすごく齊藤 工に責任があるんだ、ということをポスターでもっと伝えてほしいです(笑)。

齊藤 (笑)。

――「リリーさんのひとり芝居」が魅力でもあり、責任が生まれてしまう側面もあり……。

リリー 撮影前に打ち合わせをしているときに、「舞台と同じことを映像でやったら、絶対にスベる」と伝えました。舞台だったら、たとえひとり芝居でもお客さんが笑った瞬間、共通の空気が生まれますよね。映画はそれがないから、スベッたらスベりっぱなしになる(笑)。そこで、独り言をなるべく減らしたいと提案しました。

 現場でも色々と変えていきましたが、改めてあのチームじゃなければできなかったと思いますね。そういった意味で、『ペンション・恋は桃色』で1回セッションできたことは大きかった。

齊藤 それは思います。

リリー 『ペンション・恋は桃色』のときは、みんなで山中湖の同じペンションに泊まってたよね。俺、工くんが風呂入ってるところ見に行ったもん(笑)。

 今も覚えているのは、撮影期間にいままでにないってくらい大雪が降ったこと。次の日にご婦人がテニスをするシーンの撮影があって、普通だったら撮影を止めるのに「雪の中でご婦人たちがテニスするシーンは絶対にたまらないはず!」ってみんなで提案して撮影したよね。清水さんはそういうことを聞いてくれる監督だし、あれは令和の名シーンですよ。あれを超えるカルト映像はない(笑)。

齊藤 確かに(笑)。しかも3人で三角形を作ってテニスをやっていますからね。雪が降ったときに、前後のシーンとのつながりを考えて従来のテレビドラマや映画だったら撮影しないという選択をせざるを得ないと思いますが、様々な監督の現場を経験されているリリーさんが「是枝裕和監督だったら撮ると思うよ」といったような導きをしてくださったんですよね。

リリー でも、工くんは雪が降ったときに嬉々として翌朝早起きして、ドローンで雪山を撮りに行っていましたよ。それは、劇中のカラオケ映像で使われています。高校とか大学の映画研究会の合宿みたいな感じでしたね。あれは本当に楽しかった。

――そうした自主映画感が、『その日、カレーライスができるまで』にも生きているんですね。同時に、いまのこういった時代に、ものづくりの喜びを見せていくというのもまた、大切なことのように思います。

リリー 俺も工くんも、自分が出るよりも「作る」ほうが嬉々としているんですよね。僕らはいまだに、自分が出ているってことを100パーセント呑み込めてない(笑)。“てらい”というか、噛み切れていない何かがあるんです。

齊藤 あぁ、わかる……。ものすごくわかります。

リリー そういう人だから、工くんはものを作ることで自分の中の嚙み切れない部分の整合性をつけているんじゃないかな。最近は本当に工くんと同じ作品に出ることが多くて、余計にそう感じますね。

齊藤 もはや、僕はリリーさんのバーターです……(笑)。

リリー いやいや(笑)。でも、俺らなんかを呼ぶ人ってやっぱり変わってるよね。

齊藤 大体まともじゃない役でお互い出ていますね(笑)。

リリー 変な役に限って出たがるじゃん(笑)。だから余計に、そういう傾向が強くなる(笑)。一時期、俺が出てる映画は大抵ピエール瀧かマキタスポーツと一緒だったけど、知らないうちに工くんも主役なのにこっち側に来ている気がする(笑)。フランスの言葉で「澱は底に溜まる」というものがあるけど、似たような奴らは自分から近づいていかなくても、自然と沈殿していくんだなと思います。

リリー・フランキー

イラストやデザインのほか、文筆、写真、作詞・作曲、俳優など、多分野で活動。初の長編小説『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』は2006年本屋大賞を受賞、また絵本『おでんくん』はアニメ化された。映画では、『ぐるりのこと。』(08)でブルーリボン賞新人賞、『凶悪』(13)と『そして父になる』(13)で第37回日本アカデミー賞優秀助演男優賞(『そして父になる』は最優秀助演男優賞)など多数受賞。

齊藤 工(さいとう・たくみ)

俳優、フィルムメーカー、白黒写真家などマルチに活躍。長編初監督作『blank13』(18)が国内外の映画祭で8冠獲得。HBOAsia制作Folklore『Tatami』(18)に続きFood Loreに『Life in A Box』(20)で日本代表監督として参加、Asian Academy Creative Awards 2020 最優秀監督賞受賞。同年、企画・脚本・監督等の『COMPLY+-ANCE』で第15回ロサンゼルス日本映画祭ニューウェーブ作品賞、最優秀監督賞受賞。監督最新作『ゾッキ』が2021年公開。主演作『シン・ウルトラマン』が控える。また、移動映画館「cinéma bird」、リモート映画プロジェクト「TOKYO TELEWORK FILM」、ミニシアター支援活動「Mini Theater Park」など活動の幅を広げている。

『その日、カレーライスができるまで』

日本の一家団欒の象徴ともいえる家庭の味=カレーライスと、電波を通じて誰かと誰かを繋いでくれるラジオが、ひとりの人生、ひとつの家族にもたらすものとは? 2021年、誰もが大切な何かを思い出す、あたたかい奇跡の物語が誕生!

2021年9月3日(金)より全国順次公開中
https://sonocurry.com/

2021.09.19(日)
文=SYO
撮影=三宅史郎