マスクに合うメイク、web会議向けのメイク……。
「メイク」がかつてない変化を迫られる今、エンタメの中で人が化ける力。
そして私たちをキレイにする道具としてのメイクアイテムの力を考察してみよう。
人の美醜は背中あわせ! だから簡単に顔は激変する
今や映画界は実話モノが圧倒的な主流。作り話はもう見たくないほど「事実は奇なり」と思い知るが、勢い特殊メイクもエスカレート。
映画『スキャンダル』でオスカー獲得の日本出身メイクアップ・アーティスト、カズ・ヒロ氏がシャーリーズ・セロンを“メーガン・ケリー”に変えたメイクには度肝を抜かれた。
顔の数カ所に“付け物”をし、特に鼻には3Dプリンターで作った鼻栓をしていたというが、じつは鼻以上に顔印象を変えた“盛り”はエラとまぶた。むしろ顔の下半分の輪郭の方が人の顔を大きく変えるのは映像にも明らかだ。
意外なのは、まぶたの厚み。くぼんだセロンのまぶたを、厚ぼったくしただけで、顔印象はがらりと変わった。
整形で鼻を変えても人間の顔はそうそう変わらないが、顔の輪郭や肉付きが顔立ちのバランスを変え、人相を変える大きな決め手になるのだ。
特殊メイクは真似ができない代わりに、そうした顔印象のツボを教えてくれるのである。
メイクではなく、演技だけで顔立ちまで変えてみせたのが、サイコスリラーの金字塔『危険な情事』のグレン・クローズ。
正気の時の顔と、ストーカーと化してからの顔はまさに別人。メイクも髪型も変えずに意識と表情と気配だけで顔がここまで豹変する、それが人間の顔なのだ。
というわけで彼女の演技力も並外れているが、それだけではない、見方が変われば人相も変わる。疎まれる女への先入観が、勝手に美しさを否定したことも見逃してはいけない。
盲愛されていた女が急に愛されなくなり、逆に邪険にされると見た目はどうなるか? を露骨に強調した映画がある。
奇才ロマン・ポランスキー監督の『赤い航路』。エマニュエル・セニエ扮する女が、その魅惑的な美しさから男に一目惚れされ一緒に暮らすが、やがて男に飽きられ使用人のごとく扱われ始めると、まさに別人のように醜くなる。
「君の存在自体が耐えられない」と言われ手酷い方法で捨てられてから数年後、また美しくなった女が男の元に帰ってくるが、その時、男は車椅子生活になっていた。女の復讐が始まっていたのである。
もちろん一時代前の物語だが、立場が変わり望まれなくなると女の顔はこんな風に変わるのだということ、人の美醜は背中あわせで、どちらにもなれることが残酷なまでにリアルに描かれていて、何か身につまされる。
女優は明らかに体重を増減させているが、むしろメイクとヘアの力でここまで美醜を描き分けられるのだというあたりもぜひ見てほしい。
2021.09.20(月)
文=齋藤薫