愛新覚羅氏には、清朝や満洲国の瓦解や文化大革命など、現代中国のさまざまな動乱を経るなかで、迫害を避けるために改姓した人も多い。中国が開放政策を採用した1980年代以降、復姓した人もいたものの、今度は逆にルーツを偽る「ニセ愛新覚羅」が大勢出た(私自身、過去に愛新覚羅の僭称者と思しき中国人と会ったことがある)。ゆえに残念ながら、姓だけを根拠として清朝宗室の末裔であるとは判断しにくいのが現状だ。

 とはいえ、僭称者と「本物」は、年配者ならば書画や漢詩のたしなみの有無でほぼ判別できる。若い人でも、満族らしい名前や容貌、ルーツに強い誇りを持っている、学識が深いといった要素がいくつか合致していれば、そこそこは推測ができそうだ(というか、清朝宗室に限らず国民党や汪兆銘政権なども含めた「非共産党」系のルーツを強く持つ中国人の子孫は、言葉遣いや雰囲気からなんとなくわかる場合がすくなくない)。

 アイ先生の場合、実家の充実した教育環境、祖父や親戚のエピソード、他の中国人のパワーエリートとはちょっと違う雰囲気や立居振る舞い、さらに現在のご本人の学問的・職業的立場からして架空の話を公言する行為のメリットが薄いといった要素を総合して判断すれば、ここは素直に「本物」だと考えるのが妥当かと思える。

 中国のウェブ百科事典『百度百科』いわく、愛新覚羅の血を引く人は(おそらく改姓した人も含めて)30万~40万人を数えるという。そのうち1人が日本に留学し、眼科専門医かつ東大医学博士になっていたとしても、それほど不思議な話ではない。

 

眼病、天然痘、皇位継承

 ところで、清朝の世祖・順治帝は6歳で即位したものの、当時猛威を振るっていた天然痘に罹患して24歳の若さで崩御した。彼の子で男系の子孫を残した記録が確かなのは、裕親王福全・康煕帝(玄燁)・恭親王常寧の3人だ。康煕帝は皇帝なので除外すると、アイ先生のご先祖は福全か常寧だった可能性がある。

2021.08.29(日)
文=安田 峰俊