そして8月18日午後1時、彼女が院長を務めるクリニックに向かった。現代の愛新覚羅氏が統べる地は、JR大井町駅に隣接するアトレの5階。書店の有隣堂とカメラのキタムラが入居するフロアの片隅にあった。受付のナースに用向きを伝えると、他の患者さんに混じって待合室で座っているよう指示される。しばらく待っていると名前を呼ばれた。

 さて、ダイチン・グルンの亜麻色の帷幕──。もとい、診察室のベージュ色の医療用カーテンを開けた先には、大きな目をした細身の女性医師が座っていた。白衣の胸元には「W.Aixinjueluo」と筆記体の刺繍。まぎれもなく愛新覚羅先生だ。以下、会話については対談形式でお送りする。

 

愛新覚羅先生、語る

──まずはうかがいたいのですが、ご本名ですか?

:はい、そうです。18歳のときに中国遼寧省から留学生として来日しました。

──日本育ちの方かと思っていましたが、中国でお生まれだったのですね。しかし、メッセージのやりとりだけでは、日本語のノンネイティブとは気づきませんでした。

:遼寧省のトップ校の東北育才学校の出身なんです。中学生時代から第二外国語で日本語を履修していたんですよ。留学先はアメリカか日本かで迷ったんですけど、「女の子だから近所にいたほうが」という両親の希望もあって名古屋大学医学部に進学しました。大学院で英語圏に行く選択肢もありましたが、日本が好きになっちゃって……。そのまま日本で医師になり、家庭を築いて博士号を取り現在に至ります。

──日本の一部のネット民の間では、おそらく5年くらい前から「ものすごい名前の女性眼科医がいる」と、お名前が知られていたようです。そのことはご存知ですか?

維:ええ、なんとなく……。ただ、私、こう見えても割と小心者なんですよ。これまでネットで自分の名前を検索していないです。なんだか、悪口とか書いてありそうで怖くて。

──大丈夫でしょう。見た限り「愛新覚羅 眼科 かわいい」みたいな書き込みのほうが多そうですよ。

2021.08.29(日)
文=安田 峰俊