「航平さんは、どんなに勝っても常に前に進む。僕らもこの時点で満足していられないと、また懸命に練習し高みを目指すんです」

 彼らの練習に目を凝らしていた体操ニッポンの水鳥寿思監督は、このチームは水鳥ジャパンではなく内村ジャパンにしたいと語り、選手たちはその方が伸びると語っていた。

「監督の仕事は選手が練習しやすい環境を作ること。それに今の選手たちの技が高度になって理解し難いこともある」

 水鳥監督はアテネ五輪で金メダルを獲得した男子団体のメンバー。それでも今の選手の技についていけないと苦笑い。

 その一方、水鳥監督はリオ五輪後、内村に言葉で伝える重要性も説いた。だが体操の空中感覚はなかなか言語化できない世界でもある。それでも内村は自分の感覚を言葉に転換する努力を重ねた。

 

「背中を見せれば後輩もついてくると考えていたけど」

「それまでは自分の背中を見せれば後輩もついてくると考えていたけど、自分の感覚を後輩に伝えるためには言葉が必要。感覚的なことを言葉で伝えるのはとても難しいんですけど、でも何とか考えているうちに自分の思考も深まったのかな」

 そしてこうも言った。

「見ている人には、僕らが簡単そうに体操をこなしているように感じるかもしれないけど、実はすごく難しいことをやっているんです。その神髄を伝えるためにも、言葉を獲得しなくてはと考えました」

 私が内村の言葉が面白いと思い始めたのは2017年、日本選手権個人総合で10連覇したときの言葉がきっかけだった。勝利の喜びではなく“地獄”という言葉で表現したからだ。

「もう、地獄ですね…。負ける方が楽になると思っていたんですけど、勝ってしまったので」

 アスリートは誰もが勝利を目指してどんな艱難辛苦にも立ち向かい、内臓が焼け付くような厳しいトレーニングに耐え、身体や技を磨き続ける。長くて暗いその先には、栄光と称賛という人生の至福が待っているからだ。だが、至福を手にしたはずの内村は真逆の言葉を口にした。その言葉の意味がずっと気になっていた。しばらく経ったある日、内村にその真意を尋ねた。内村は一瞬、ニヤリとし矢継ぎ早に言葉をつないだ。

2021.08.06(金)
文=吉井妙子