これからの日本のワイン造りのために僕がやるべきこと

――世界的にも評価が高い曽我さんが率先して、日本のワインの価値を発信していくと?

 誰かが引っ張っていくことは重要だとは思います。僕がその役割を担うことで、日本のワインや僕が暮らしている余市の役に立つのなら、喜んでやりますよ。日本のワインのマーケットは国内だけじゃなく、海外にもあるんだと思えば、ワイン造りの未来が拓けてくるじゃないですか。活性化というのは、そういうことですよね。それならば、僕が積極的に世界へ飛び出すことにも意味があるはずだと。

 そもそも、余市のぶどうのポテンシャルをもってすれば、世界と勝負できるレベルでワインを造ることは難しいことじゃないんですよ。そのことを知らしめれば、余市でワインを造ってみたいと思う人がもっともっと増えますよね。結果的に息子が通う小学校の生徒も増えたら最高です。小学校の生徒数を増やすことも大事なことです(笑)。

次の世代がワインを造りたいと思うためにできること

――(笑)。コンクリート樽を使い始めたのも、世界を意識してのことですか?

 いや、これは勢いです(笑)。ワイン造りに興味を持った道内のコンクリート会社の方がワイナリーに来られたときに、僕が冗談半分で「道産の石を使って樽型のコンクリートなんて造れたりしますか?」と言ったんですね。そうしたら次の年、本当に試作品を造ってきたんです。「一緒にチャレンジしませんか」と。正直、不安もありました。でも、試みとしては面白いし、やってみようと思ったんですね。なので、ワインに情熱を注いでいる人たちと一緒に世界に目を向けていくという意味では、問いに対する答えはイエスですね。

 ちなみに、世界初の試みです。コンクリートの発酵タンクを使っているワイナリーは海外にもありますが、コンクリート樽での貯蔵は、まだない。話題にもなるでしょ。SNSで発信すると、世界中から問い合わせがあったりしますよ。「曽我が変なこと始めたぞ」って。世界と繋がっていることも大事ですよね。もしも、うまくいけば「この樽で造ったワインを飲みたい」となる。自然とマーケットは広がっていきますから。

 もっと言えば、コンクリート樽が木樽にとって代わる可能性もゼロじゃない。安いんですよ。重さという点で弱点はありますが、その点もローラーをつけたりしてね、考えてはあります。ジョージアの陶器の樽のように、成功したら面白いじゃないですか。さて、どうなるか。でも、うちが失敗したら、このプロジェクトはおしまいかな(笑)。

――10年目に立ち止まらざるを得なかったのは必然だったのかもしれないですね。

 そんな気がしてるし、そう思ってやるしかないですよね。これからの10年は、その次の10年のために戦う10年なのかもしれません。次世代へと繋げていくことも、いまワインを造っている僕たち若い世代、いや若くはないけど(笑)、僕らの役割でもありますからね。

 息子が通う小学校では、子供たちと一緒にワイン造り体験をやってるんです。プレスから発酵から瓶詰めから子供たちでやる。デザイナーさんとラベルもつくる。自分で貼って、お父さんやお母さんにプレゼントをする。両親が喜ぶ姿を目にすれば、ワインを造ることに興味を持ってくれるかなと(笑)。発酵でもいい。地域の産業でもいい。なんでもいいからワインに対する興味のきっかけになればと思います。

 地道な活動が功を奏してかわかりませんが、この10年で近所の小学校に通う生徒の7割はワイン関係者の子どもになりました。すごいでしょ(笑)。実を言うと、僕の息子も含めて全員が移住者の子どもなんですね。移住者が多い地域というのは、元気な農村地域だと思われがちです。でも、余市はそうでもない。後継者不足で、農業をやめてしまう農家が多いからこそ、僕たちの移住が叶ったというのが現実なんです。理想を言えば、僕らのような新参者は入る余地がない地域の方がいいと思っています。代々、農業を続けていくという意味でね。

 だから僕の次の世代がワイン造りに興味を持ってくれるために、自分の子供たちはもちろん、周囲のみんなにも農業ってこんなに楽しいんだよ、ワイン造りって面白いんだよ、と伝えないといけない。そのためには、実際に楽しくないといけない。そう強く思っています。

――ワインを造っている曽我さんは楽しそうに見えます。

 そりゃそうです。ワインを造っていて、僕は本当に楽しいんですから。

曽我貴彦(そが・たかひこ)

1972年、長野県小布施町にて、小布施ワイナリーの次男として生まれる。東京農業大学醸造学科卒。1998年に栃木県足利市の「ココ・ファーム・ワイナリー」で働いた後、2009年に北海道余市町に移り住み、2010年に「ドメーヌ・タカヒコ」をスタート。有機栽培でピノ・ノワールのみを植えて、赤ワインを造ることに情熱を燃やしている。2018年より現在まで「日本ワイナリーアワード」の最高賞を4年連続受賞。2020年には“ナナツモリ ピノ・ノワール2017”がデンマークのレストラン「noma」のワインリストに日本で初めて採用される。世界で、国内で最も注目されているワインの造り手のひとり。

2021.07.13(火)
文=花井直治郎
撮影=石渡 朋