ネクタイをきちんとしめ、愛想はいいけど、どこか気の許せない小父さんが、シングルベッドをなでながらいう。「一カ月、十ドルで結構。もし買うなら即売もしてますよ。百八十ドル……」。「なるほど」と私はバッグから、小さい手帳と鉛筆をとり出す。知らない土地に一年もいようというのだから、態度もおのずとしっかりしてきて、ちゃんと計算してみようというわけです。「えーと、買えば五万九千円。借りれば月に三千三百円。一年で三万九千円か……」。でもこれだけじゃ足りないから、あと椅子にテーブルにじゅうたんに……なんていうと、最小限でも、月に七十ドル、一年で二十八万円。「えっ! ただ借りるだけで? しかも、こんな趣味の悪い家具にかこまれて一年も暮すの? こりゃいやだ!」と、私は「貸し家具屋? へーえ」と感心したことも忘れて、早々に店をとび出しました。
ほかの店もだいたい似たりよったり。さりとて、趣味のいい家具を新品の店屋で買うとなったら、ロックフェラーか、オナシスでも探さなきゃ。
コマーシャルで使われた「小道具」
そこで、いまはやりのアンティクのショップ、つまり骨董屋(こつとうや)、昔流にいえば、古道具屋を探してみることになりました。偶然見つけた店が、テレビ局や映画会社、またコマーシャルフィルムなどに、あれこれ「小道具」として家具を貸してる、という、とても変わった大きい店で、私が女優であるといったら、ひげをはやした店主はすっかり親近感をおぼえたらしく、なんでも安くしてくれる。私がベッドが欲しい、というと「じゃ、これがいいでしょう」と、店の表に止めてある車の中の、クラシックでたっぷりとゴージャスなベッドを指さしていいました。「いいけど、いくら?」「一万九千円でどうです? 新しいマットレスつきで」「安い! 買いましょう」「ただし、これからコマーシャル撮るのに持って行くから、明日の朝、届ける、というのでどうです?」「えっ!?」というような話し合いの結果、その日の本番が終り次第に夜、運んでくれる、ということで話がつきました。どんなシーンを撮ることやら。でも来年、いらなくなった時に、傷つけてなきゃいい値段でひきとってくれるという親切な申し出もあり、結局、買うことにしました。
それ以来、私はそのベッドに寝ているわけですが、寝心地は結構であります。
明日には、テレビドラマで使った緑色の長椅子と、コマーシャルに使ったじゅうたんが届くはずです。
願わくば「撮り残しがあったから、ちょっと返して!」なんて、ベッドを持っていかれるなんてことのないことを!
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「僕と一緒にいれば、百パーセント満足できたのに!」黒柳徹子がNY留学中に出会ったプレイボーイたち へ続く
2021.05.12(水)
文=黒柳徹子