私は今度のこの決心を、汽車がレールからちょっとはずれて引込み線に入るのだ、というふうに考えています。引込み線にじーっと止まっている汽車は、時に寂しげに、またレールを走ってる汽車からすると置いてきぼりをくっているように見えます。たしかに寂しかったり心細かったりもするでしょうけど、案外、いままで急いで走ってるときには気がつかなかった景色を発見したり、新しいことがまわりで起こったりで、自分なりに居心地よくしていられるかもしれません。
とはいうものの、知らない土地で、しかも悪評高いニューヨークに、生まれて初めてのアパート生活を始めようというのですから、やはり相当の度胸がいるとは思っています。というわけで、長くなりました。前説は短いに限ります。では、AのつぎはBにまいりましょう。
〈【B】 ベッド〉
ベッドといっても、いまはやりの×××シーンとかいうものではなく正真正銘の寝床のことであります。小さい部屋とはいっても、アパート難のニューヨークの、しかも、こんな街の真中に見つけられたということは奇跡に近いのです。でも何故か、家具なしなのであります。そこで、なにはさておいてもベッドを手に入れなきゃ、と早速行動を開始しました。
「こんな趣味の悪い家具にかこまれて一年も暮すの?」
くわしい人に聞いたら「どうせ来年、日本に帰るのなら、上等のを買ってもつまらないから、貸し家具屋がいいんじゃない?」「へーえ、貸し家具屋か!」と感心しながら、そういう店に行ってみると、なるほど、ザーッと家具が並んでいます。ベッドも、シングル、ダブル、ソファーベッドに、ベッド兼用長椅子と、よりどりみどり。ところがよく見るとどれも新品なのですが、そのデザインというのが、どれも安物をなんとなく高く見せている、といった趣味の悪さがチラリとうかがえ、どうも感心しない、という代物(しろもの)。それにしても、いったい、いくらくらいで借りられるのだろうか……。
2021.05.12(水)
文=黒柳徹子