都内・旅館澤の屋で「ワーケーション」

 リモートワークの普及を逆手にとって、新たな旅館の利用法として注目が集まっているのが「ワーケーション=観光地でテレワークを活用し、働きながら休暇をとる」という考え方だ。

 実は、本原稿は、東京都台東区谷中にある旅館澤の屋で書いている。

 澤の屋は外国人観光客を受け入れて40年。コロナ蔓延により、ぱたりと外国人観光客が来なくなり、現状は前年度比7割減。海外の顧客からは「いまは澤の屋に行けないけれど、頑張って」と励ましの手紙が届くという。

 「またお客さんが戻ってきてくれる時までふんばらないと」と、日本のインバウンド受け入れの先駆者である当主の澤功さん(83歳)が導入したのは、日帰り入浴(貸切風呂1組45分500円)とリモートワーク用の日中の部屋貸しだ。

 リモートワークは午前9時~夜7時まで1部屋3300円。館内はWi-Fi完備で、コーヒーとお茶のサービス付きのロビーも使用可。追加料金なしで貸切風呂にも入れる。

 旅館澤の屋がある東京下町の谷中は、美味しいご飯処にも恵まれ、街歩きも楽しい。仕事の集中力が途切れた時には、30分程谷中を散策した。また、ここの風呂は温泉ではないが、広い日本庭園が見えるのでほっこりする。

 私は普段、日本中の温泉地を巡って取材しているのだが、都内にいながらにしてまるで旅に出たような気分となった。家族がいて泊りがけは難しいけれど、日中だけ気分を変えたいという人にもおすすめだ。

川端康成も温泉旅館で原稿を書いていた

 そもそも旅館は、集中して仕事をする場としてアリである。

 新潟県越後湯沢温泉・雪国の宿高半は、川端康成が『雪国』を執筆した宿として有名だ。川端が滞在した「かすみの間」も保存されている。「川端康成も原稿を書く合間に、近くを散策していました。まさにワーケーションですよね」とは高半54代目の高橋五輪夫さん。高半のかけ流しの温泉「卵の湯」は川端がたいそう気に入り、妻に充てた書簡にそのユニークな描写がある。

2021.05.07(金)
文=山崎まゆみ